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不穏なウワサ2

 悠馬は慣れた手つきで第一会議室の扉をノックした。 「入れ」 高圧的な口調のそれはもちろん氷雨から発せられたもので、悠馬が入ってきたと知ると彼は顔を歪ませた。 「お前には来るなと言ったはずだ」 「確かに来るなと言われました。けれど俺が来なかったら、どうするつもりだったんですか?」 含みを持った悠馬の言葉に、氷雨は大きく舌打ちした。それはしん、と会議室の中に響いた。  そう、ここには氷雨と悠馬の二人しか集まっていなかった。他の隊員はトークアプリで二人のメッセージを見ている形跡があるのに、第一会議室へ足を運んでいなかったのだった。 「これが今話題の既読無視ってやつでしょうか」 「さあ。とかくあいつらは、面倒ごとに巻き込まれたくないらしいな」 「なら俺たち二人で桐生様をお守りするしかありませんね」  悠馬の提案に、氷雨は心底嫌そうにため息をついた。人数が集まらなかったのはどう考えても氷雨の停学が原因だった──下手に親衛隊で過激な活動をして、自分も停学を食らいたくないからだ──が、それとこれとは問題が別だ。 「僕はお前と組みたくない」 ぴくり、悠馬が身体をこわばらせた。氷雨はそんな彼に侮蔑の眼差しを送った。 「お前は自分が何をやったかわかってるか? まごうことなきクズ、クズの中のクズだぞお前は」 「お褒めにあずかり光栄で……っ」  悠馬がいつもの調子で返そうとすると、氷雨の両腕が彼の首に伸ばされた。 「おい。そんなことより、僕に言うことはないの」 氷雨は怒りをあらわにし、悠馬の首に両手の指を包むように食い込ませた。細く長い指が悠馬の気管を狭めていった。 「申し訳、ござ、せんでした……」 悠馬は感激の涙をにじませた。三度もクズと呼んでくれた上に、首まで絞めてもらえたのだ。全国のマゾヒストから憎まれてしまう展開だ、と悠馬は震えた。 「そんなんで僕がお前を許すとでも?」 「許して、くれなく……て、結構、です」 氷雨は指先へさらに力をこめた。しかしみるみる顔面蒼白になっていく悠馬の顔を見て、ぱっと手を離した。悠馬は肩で息をし、とても苦しそうに振るまっていたが、氷雨の機嫌がよくなることはなかった。 「お前のことは今日からドクズと呼ぶ。合同遠足時は仕方ないからバディを組んでやるが、終わったら金輪際僕と関わるな」 「かかっ……て」 悠馬は咽せながら声を絞りだし、ぶんぶん首を振った。 「それだけのことをお前はしたんだよ」 ひどく淀んだ瞳で氷雨は言った。身をひるがえした彼の背中はずいぶん小さく見え、悠馬の父が見せた姿と重なった。  悠馬は氷雨を抱きしめようと手を伸ばしかけたが、やめた。自分にはそんなことをする資格はないと、自覚していたからだった。

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