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二、三学年合同遠足3
友也は長いまつ毛をふせた。妙に色っぽいその仕草に、津田は友人でありながらどきりとした。コイツ、こんな顔する奴だったっけ?
──と、津田が友也に意識を持っていかれたその時、目の端に氷雨の足が見えた。
「あ」
氷雨が悠馬を蹴ったのが見えたのだ。津田の声に、友也もそれに気づいた。
「あいつ……!」
まだ懲りていないのか、と眉間にしわを寄せた友也だったが、さぞ痛がっているだろう、と悠馬を見て唖然とした。
そう、悠馬は痛がってなどいなかった。彼はとても嬉しそうに、けろけろ笑っていた。
「従兄弟くんと八雲、仲よさそうじゃん。よかったな」
「……くない」
「え?」
「よくないよ」
友也はその温厚な気質に似つかわしくない眼光の鋭さでもって、氷雨と悠馬の二人をねめつけた。悠馬は氷雨に、慈しむような、甘えるような顔を向けていた。
友也と悠馬は小さい頃からよく遊んでいた。学校こそ違うものの、長い休みのときには必ず会った。泊まりがけで遊ぶこともあったし、家族ぐるみで旅行に行ったこともあった。
なのに、だ。友也は悠馬のあんな姿を見たことがなかった。そのくせ悠馬は、実質2ヶ月くらいの仲である氷雨には水槽のハコフグみたいにころころと媚びていた。
「そんな怖い顔してりゃ強姦魔も逃げ出すわ」
津田が苦い顔で言った。
「噂のこと? どうせデマだろ」
「さあ。何せお前は人気があるから」
「津田もじゃないか」
友也は笑った。自分の身などまったく案じていなかった。今まで襲われかけたことも何度かあるが、どれも友也に背負い投げされるかひらりとかわされるかで、大事にいたったことはなかった。
友也にとってはそれよりもっと危惧することがあった。悠馬のことだ。あんなにいたぶられ、怪我を負わされたってのに、なぜ加害者の八雲に笑顔を向けるのか。
もしかすると悠馬は、半ば強制的に全寮制男子校に入学させられたものだから、実は女の子が恋しいのかもしれない、と友也は思った。
それで女性的な顔立ちの八雲を、心の拠りどころにしているのではないだろうか。
悠馬は友也の親衛隊に入ったものの、他の隊員のように抱いてほしいとか付き合ってほしいなどは一切言わず、会議や制裁に参加しているだけだ。
どうも口では友也を好きだと言っているとは小耳に挟んでいたが、友也はそれを本気にしていなかった。悠馬はきっとミーハー心でそう言っているのだと思っていた。
小学生の頃から咲城学園に通っている自分たちと、最近転入した悠馬では同性愛に対する価値観が違うだろう──。もちろん友也は、悠馬が実は同性愛者だなんてことは知る由もなかった。
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