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二、三学年合同遠足5
友也の注意に、周囲の空気が凍った。友人である津田にさえ、友也がとても恐ろしく見えていた。
「申し訳ござ──」
「桐生様誤解です、隊長は俺とじゃれていたんですよ。俺たち仲良しなんです!」
謝罪を口にしようとした氷雨をさえぎり、悠馬は明るく言いながら氷雨に抱きついた。氷雨は抗議しようとしたが、文句をつければさらに友也からの心証が悪くなるだろうと考え、しぶしぶ唇を結んでいた。
そんな悠馬に、友也は「無理をしなくていいんだぞ」と言いかけたが、言えなかった。のどの奥に飲みこんだ言葉は、この場にあまりにもふさわしくなかったからだ。
理由は知れないが、悠馬はとてもはしゃいでいた。楽しそうだった。とてもいじめられている者の態度ではなかった。
友也はその瞬間、頭が真っ白になってしまった。手を伸ばしても誰にも掴んでもらえなさそうな気がした。そんな友也の淀んだ瞳を、物陰から見ている人物がいた。
なんとも気まずい雰囲気のまま、一向は隣の深海魚ブースに移動しようとした。後ろからずっとついてくるだけだった同じ班の親衛隊員は、どうしよう、ね、この空気。逃げちゃいたいね、なんてひそひそ話をしていた。
すると深海めいた闇の中から、突然にゅっと白い手が友也へ伸ばされた。虎視眈眈と獲物を狙っていたサメのように、すばやく、凶悪だった。
友也はその手を払いのけようとしたが、死角から別の男が現れ、友也の背後から襲ってきそうになったため反応が遅れた。
後ろの男には裏拳を見舞ってやったが、前に立ちふさがる男の振り下ろされそうになった拳には、津田も悠馬も友也自身も間に合わず、成す術がないかと思われた──。
しかし続いて聞こえてきたのは、友也の悲鳴ではなく襲ってきた男の絶叫だった。
「いってえええ……」
身もだえる男の腕には、くっきりと歯型が残っていた。噛んだ当人の氷雨は、えずきながらギャラリーの奥にしれっと身を隠そうとしていた。
その男が受けた不意打ちのダメージは相当なものだったようで、うつむいている間に津田がだめ押しとばかりに腹を殴り、悠馬がたまたま持参していた長い縄で腕と足をしばったらすっかり動かなくなった。
また、友也の裏拳を喰らった男はすでにのびていたが、こちらも念のため余っていた縄で手足をしばっておいた。
「八雲……ありがとう」
友也は氷雨に近づいて礼を伝えた。氷雨は頬を染め、瞳をうるませ、友也を見つめた。
「僕は、親衛隊として当然のことをしたまでですから」
「でも、怖かったろ?」
友也は表情を意識的にゆるめ、ぎこちない口ぶりで言った。ここまでしてくれた氷雨に冷たくするのは、あんまりだと思ったからだ。
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