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署名求ム3

「早くどけ。それともキスでも期待した?」 氷雨は挑戦的に言った。 「期待、するでしょう」 悠馬もこの時ばかりは嘘をつけなかった。すぐにでも顔の向きを直して氷雨にキスしたかったのだった。  けれどそれは叶わなかった。その瞬間に黄色い歓声がたちまち上がったからだった。それはもちろん悠馬と氷雨の二人に宛てられたものではなく、そこに登場した友也に対するものだった。  周囲が友也の名を叫んでいたために、悠馬も氷雨も友也を見ずとも彼が来たのだとすぐに理解できた。しかしこんな体勢ではまともに話もできなかった。  かと言ってつっぱねた右腕だけでは身体を起こせそうもないし、左腕を離したら氷雨が地面に頭を打ってしまうだろう。身動きが取れずに固まっていると、悠馬のわきに背後から両腕が差し込まれ、その人物に寄りかかるように立ち上がらせられた。  彼──友也は悠馬に向かって首をかしいだが、悠馬はごまかすように、ありがとうございますとだけ告げた。  その間ずっと耳をつんざくような歓声が聞こえていた。桐生様、従兄弟だからってひいきしすぎです、あんなに密着して──!  やいのやいのと文句が飛び交った。今日はけん制する生徒会書記もいなかったものだから、その勢いたるや凄まじいものだった。  悠馬はよほど耳を傾けたかったが、この時ばかりはそれよりも視界に入る二人のほうが気がかりだった。友也は氷雨にも手を伸ばしていたからだ。  氷雨は悠馬が立ち上がらせられる際に片手で自分の身体を支えていたが、空いた左手を友也に取られるとたちまち頬を染めていた。  同時に氷雨の身体に乗っていたバインダーが音を立てて地面にぶつかり、無様なそれはまるで自分のようだと悠馬は思った。存在を忘れられ、砂まみれになるバインダー。  氷雨も悠馬と同様に友也への礼を口にしたが、悠馬のそれとは違い、告白みたいに甘美なニュアンスを含んでいた。氷雨の表情は薔薇の花がほころぶようで、先ほどの氷雨優位な雰囲気とは真逆だった。氷雨は憧れの人を追いかける、けなげな美しい少年になっていた。 「悠馬」 ぐるぐる思考を巡らせながら氷雨ばかり見つめていたら、いつの間にか友也は悠馬のほうに向き直っていた。しかし悠馬は名を呼ばれたというのに微動だにせず佇んでいた。 「悠馬!」 「はっ、はい」 ふたたび声をかけられると、悠馬は声を裏返らせてようやく返事をした。 「なんで署名なんか集めてるんだ」 「生徒会に入りたくないからです」 「俺が任命したってのに?」 不満げな友也に、悠馬はスラックスのポケットから生徒手帳を取り出して目当てのページを広げた。

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