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署名求ム4

「生徒会規約其の七。生徒会役員の罷免。全校生徒の十分の一以上の者の連署を持って、学園理事長に対し、対象の生徒会役員の罷免を請求することができる」  罷免とは、つまり役員を辞めさせること。理事長まで請求されれば、悠馬が生徒会から外れることはほぼ間違いないだろう。全校生徒の十分の一だなんて膨大な数の署名は、さすがに無視できまい。 「つまり署名を集めれば桐生様の任命は任命ではなくなります」 「みんなが悠馬を支持していたら集まらないだろ」 「……桐生様。現実をご覧ください」  悠馬は周りをぐるりと見回してみせた。三人を取り巻くのは変わらず悠馬を非難する視線と声ばかりだった。氷雨も友也に手を引かれたのだが、親衛隊長ゆえにあまり文句は言われないようだった。 「俺を支持する人間は桐生様だけです。俺はきっと所定の数、署名を集めることができるでしょう」  友也は打つ手なしと言わんばかりに後ずさった。真っ直ぐな悠馬の目には恐ろしいほどの自信がうかがえた。こんなに罵倒されているにもかかわらず、悠馬は物怖じしていなかったのだった。  友也は仕方なしに最後にひとつだけ告げて身をひるがえした。 「悠馬、どちらにしても今日じゅうに全校生徒の十分の一の署名を集めることは無理だろう。放課後は生徒会室に来てもらうよ」 「承知しております」 悠馬がうやうやしく礼をすると、周囲のどこかから「美しくない」と呟きが聞こえた。  その間氷雨はどうしていたか。彼は瞳をうるませ、ただひたすらに友也だけを見つめていた。悠馬より容姿も成績も家柄も勝っている彼は、生徒会に引き入れられることはなかった。友だちだったのに。あの時確かに、僕らは友だちだったのだ。  友也に取られた左手には、まだやわらかな感触が残っている気がした。友也の髪は陽に透けてきらきら輝き、どんな景色よりも価値があるものに見えた。けれどその向かいに立つのは、冷たい美しさを持つ氷雨ではなく、何の変哲もない悠馬だった。  友也が立ち去ったあと、そんな悠馬にそっくりののっぺらぼうみたいなバインダーを氷雨は拾った。砂が手にくっついて不愉快だった。  氷雨はそれから枠線だけ印刷されたフォーマットを一枚抜き、残りを悠馬に押しつけるようにして渡した。 「あ、ありがとうございます」 「行くんだ?」  悠馬の礼と氷雨の問いは噛み合わなかった。すん、と鼻を鳴らすと雨の匂いがした。まだ梅雨は明けていなかったのだった。 「生徒会室、行くんだな」 「……ええ、仕事は放棄できませんから」 「そのまま生徒会にいればいいのに」

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