44 / 113

生徒会室でふたり1

 そして放課後。署名のバインダーを片手に生徒会室へ向かったのは、悠馬の精一杯の抵抗だった。氷雨が拾ってくれたことばかりが嬉しくて、悠馬はバインダーに挟まれた紙が一枚足りないことを気にもとめていなかった。  生徒会室への道のりは障害物競争みたいで楽しかった。悠馬は突然に前をふさいだ大男の股をくぐり、仲間であるはずの親衛隊員からの罵倒を浴びつつ、誰かが仕掛けたロープをぴょんと飛び越えた。  ひとつクリアするたびに聴こえるのは、ファンファーレではなく舌打ちだった。けれどそれさえ、悠馬には粋なベーシストの演奏みたいに軽やかに聴こえていた。  この際スキップでもしながら、生徒会室の扉をノックしてみようか──なんて考えていたら、自動的に入り口が開いた。 「待ってたよ、悠馬」 満面の笑みで友也が出迎えてくれた。久しぶりに見た友也の笑顔だった。 「わざわざすみません」 「いいよ。それと敬語はやめてくれ」 軽く頭を下げた悠馬を生徒会室の中へ招き入れ、友也は部屋の中を見回した。広々としたそこには会議用の長机と椅子とホワイトボード、休憩用のソファ、それから誰かの持ち物であろうティーセットが置かれていたが、人影はなかった。 「ご覧のとおり、まだ人を集めてないんだ。せっかくだから二人で話そう」 「はあ」 なんだか妙な感じがした。二人きりであることを、友也がまるでなかなかない機会のように振る舞ったからだった。実家に帰ればいくらでも二人きりになれるというのに。  友也は会議用テーブルの横に置かれたソファに、悠馬をうながした。身体をあずけたら沈みこんでしまいそうだ。腰かける悠馬は、バインダーをサイドテーブルに置き、それなりの姿勢を保つことにした。 「気をつかうなよ、誰も見てないんだから」 「でもそのうち生徒会執行部の方が入ってくるんじゃないですか?」 「来ないよ。俺がいいって言うまで来ないの、あと敬語やめろって」 悠馬の隣に腰を下ろした友也はそう言いながら、悠馬との距離を詰めた。  指先と指先が触れ合っても、悠馬はそれを引っ込めたりしなかった。友也が何気なしに指をからめてみても、きょとんとした顔をしていた。──まあ、いくら口先で好きとか言っても、異性愛者の男ならこんなもんだよな。友也は心の中で呟いた。 「俺さ、悠馬が俺に敬語使うようになったことと、桐生様なんて呼ぶようになったことがずっと嫌だったんだ」 「今はそのほうが慣れちゃいまし……慣れちゃったけど」 おかしなもので、ですます調でないほうがむしろぎこちない気がした。

ともだちにシェアしよう!