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大貫と悠馬2

「なんだ、泣いて逃げるかと思ったのに」 眼鏡の奥の眼光を少し落ち着かせて、大貫は言った。これは悠馬にとって誤算だった。  生真面目な大貫には、この発言は〝逆効果〟だったのだ。大貫は自らと似た真面目な人間を好くタイプだった。  しかし今さら、お望みどおり泣いて逃げるわけにはいかなかった。 「ええ、なので何かお手伝いできる仕事をもらえませんか?」 「なら悠馬は俺と予算データの打ち込みをしよう。会計の前岡はきっと帰ってこないと思うからさ。で、津田と大貫は各部室を回ってくれないか」  悠馬の問いに友也が間に髪をいれずにこたえた。しかし大貫は不満げに首を振った。 「いくら生徒会長の指示だとはいえそれは聞けないな。桐生と佐野をふたりきりにしたら何をするかわからん」 「信用ないな。俺には彼女がいるんだよ? 悠馬に手を出すわけないじゃないか」 「俺自身、桐生はそういう奴だと思っていなかったが、佐野に触れていたとき随分砕けた顔をしていたろう。あんな桐生の顔、俺は見たことがないぞ」 「あー、確かに桐生は従兄弟くんに甘いよな……」 大貫の指摘に、今まで沈黙してことを見守っていた副会長の津田が口を開いた。友也は図星と言わんばかりに顔をそむけた。 「でも俺、仕事はちゃんとするよ」 友也は言った。 「なら佐野とふたりでなくてもいいだろう」 それに大貫は返した。 「えー、俺は桐生様と二人がいいです」 そのやり取りを見ていた悠馬は、大貫を煽ろうと思い言ってみた。期待どおり大貫は顔を歪め、悠馬を睨みつけた。 「やはり佐野はただのミーハーだったんだな。生徒会活動を馬鹿にするな」 「だって桐生様と二人じゃないと楽しくないじゃないですか」 「生徒会に楽しさなんて求めるな!」  大貫は悠馬を怒鳴りつけた。低い声だが、じんと身体に響くようないい声だと思った。これに水でもひっかけられたら最高だったんだけどな、なんて悠馬は妄想した。 「やはり出て行け」 「嫌です」 「佐野に拒否権はない。出て行け」 「嫌です」 「出て行けと言っている!」  大貫は生徒会室の扉を開け、すかさず悠馬の背後にまわって悠馬を両手で押し出した。もちろん友也は止めようとしたが間に合わず、悠馬はそのまま生徒会室から追い出されてしまった。  すぐさま背後で鍵をかける音が聞こえた。これだけ立腹している大貫の手前、仕事もある友也は悠馬を追うことはできなかったようだった。  しばらくぼうっとその場で待ってみても誰も来ることはなく、悠馬は背中に感じたかすかな痛みだけを噛みしめながら、目的もなく廊下を歩いた。

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