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おそらくは救世主1
「そうですね、漫画が好きなもので」
「くっだらない。勉強しろよ勉強」
つい無視もできなくて、氷雨は悪態をついた。
「そのバインダーも勉強に使うんですか?」
悠馬は強引な切り返しを自覚しながら聞いた。ずっと気になっていたのだ。今日二回も各部室で遭遇したこと、こんな事態になってもバインダーを捨てずに抱えていること、どちらもひどく不自然に思えた。
「これは……」
「それ、実は俺の集めてる署名なんじゃないですか?」
「違う」
「なら、なぜ用もない文化部の部室や道場にいたんですか」
「それは……制裁のためだ。桐生様に近づく不届き者がいないか、見回りをしていた」
「そうですか、でももう二度とこんなことはなさらないでください。こんな可愛らしい三人組で校内をうろうろしていたら、襲ってくれと宣伝して回っているようなものです。谷原くんも立川くんも、いいね?」
氷雨のあからさまな嘘について、悠馬は糾弾しなかった。それよりも彼らの身が心配だった。そんな悠馬の思いはいざ知れず、谷原と立川はむくれて顔を見合わせた。
「佐野先輩にそんなこと言われたくないです」
口をとがらせた谷原。
「ねっ。だいたいなんで佐野先輩は親衛隊の心配をするんですか? 先輩、隊長にこてんぱんにされてますよね。僕らが痛めつけられたほうが嬉しいんじゃないですか?」
首をかしげた立川。
悠馬はめずらしく眉をつりあげ、否定した。
「そんなことない。親衛隊が襲われるのなんか嫌だよ」
「なーにをいい子ぶってんだか」
氷雨はそれを面白くなさそうにあざけった。
「いい子ぶってなんかいません」
「いい子ぶってるだろうが。桐生様に褒められたかったから僕らを助けたのが本音だろ」
「そんなんじゃないですよ」
言い合う彼らを黙らせたのは、外からふいに聞こえた冷たい一声だった。
「邪魔だ。どけ」
ドスなどきかせていないのに、低くて迫力のあるそれは、生徒会書記の大貫が発したもの。
それで教室の外を囲んでいた武道系部員たちは、蜘蛛の子を散らすように去っていった。生徒会執行部が直々に来てしまっては、彼ら自身、今後の進退を案じてのことだろう。
「親衛隊、出てこい」
大貫に呼ばれ、四人は鍵を開けて空き教室から出た。悠馬は投げだしたバインダーを拾って持ち、氷雨もやはりバインダーを抱えたままでいた。
「大貫様が来てくださったんですね。ありがとうございます!」
大貫の顔を見た途端、悠馬は喜びを頬に浮かべた。先ほど親衛隊と口論をしていたときとは大違いの調子のよさだった。
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