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おそらくは救世主2
氷雨はそんな悠馬を見ているのがなんとなく面白くなくて、小さく舌打ちをした。こいつは容姿が整っていれば誰でも満足なのか。友也でも氷雨でも、大貫でも。
「佐野に礼など言われても嬉しくない。たまたま俺が一番近くにいたから、しぶしぶ来てやったんだ」
「そうですかぁ、ありがとうございます」
悠馬はふざけた口調で返した。悠馬の期待どおり、大貫はいらだちに頬をぴくぴくと震わせていた。
「礼を言うなと言っている! 佐野と話していると頭がおかしくなりそうだ──とにかく、武道系の部員は逃げ帰った。顔は覚えたから、のちに処分を下すことになるだろう」
「さっすが大貫様」
悠馬のいちいち癇にさわる返答に憤っていたのは、大貫だけではなかった。黙って見守っていた氷雨も同様だった。
普段は友也に対してもあんなに媚びた話し方をしないのに、大貫に対しては〝非常に親衛隊らしい〟甘ったれた声で接していた。そんなに大貫のことを気に入ったというのだろうか。
氷雨はムッとして眉間に電光を走らせていた。すっかり舞い上がっている様子の悠馬を、このバインダーで思いきり殴ってやりたい気分だった。頭から星でも出しやがれクズ野郎。
一方大貫はというと、氷雨よりかは冷静だった。
「状況説明は以上だ、あとは自分で調べろ。それよりまず佐野に確認したいことがある」
「なんでしょう、なんでも答えますよ。俺のスリーサイズから何から何まで」
「……っ、佐野、昨日君が言ったことを覚えているか?」
「いーえ、覚えてません」
「佐野は昨日こう発言したな。生徒会の仕事をするならば、桐生と二人がいい、と」
「言いましたっけ──」
悠馬は嫌な予感がしていた。この先何を問われるかだいたいの予想がついたからだ。ああ、きっと俺は嘘に嘘を重ねなければいけない。
「言った。そして君が、そもそも自分自身の罷免を請求したい理由は何だったか?」
「好きな人のことを、遠くから見守りたいから……」
「矛盾してるよな。発言が二転三転している」
「おっしゃるとおりです」
悠馬は完敗と言わんばかりに頭をさげた。
「佐野悠馬、君の本心はいったいなんなんだ。生徒会にいたいのか、それともいたくないのか?」
「えっ、と」
ふたりの会話を黙って聞いていた氷雨は、言いよどむ悠馬が不自然に見えた。
氷雨が聞いたときは、いかにも友也と何かがあったから近づきすぎないようにしたい風だったのに、なぜ生徒会では友也と二人で仕事したいなどと言ったのだろう。
まるで犯罪者のようだ。真実だけは悟られないようにと、証言を二転三転させて捜査をかく乱させる行為に思えた。
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