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親愛なる君へ1
わざとぶりぶり口を尖らせたら、期待どおりに周囲から「キモっ」とつぶやきが聞こえた。さらに嬉しいことに、ぴょんぴょん跳ねてみたら氷雨の姿も見えた。
「お前は本当にこりないな」
氷雨が親衛隊員を引き連れて悠馬の前に立ちはだかった。
「はいっ」
「はいじゃなくていい加減にやめておけよ。これ以上調子に乗ったら、またお前の大切なものを貰おうか」
氷雨は唇を反り返すようににんまり笑った。周囲の者はそれを見て様々な想像をした。
〝また〟ということは、やはり氷雨は先日の制裁で悠馬に性的暴行を行ったのだろうか。そこで貞操を奪ったというのか。
もしくは足の指一本でも砕いてみたのか。いやいや、物理的に大切なものを差し出したのかもしれない。たとえば友也との思い出の品とか。
たくさんの憶測が飛び交っていたが、悠馬もそんなあてもない推理に参加するうちの一人だった。
「大切なものって」
悠馬は瞳に期待をうるませて問いかけた。顔はだんだんと紅潮してきた。あの唇のやわらかさ、その感触がそこに蘇った気がした。
「そうだな。お前の父親の命、とか?」
「それはまさに奪われたくないやつですね……」
がっくりした。期待して損した、と悠馬は肩を落とした。
「命はジョークだけど、お前の親が公共事業にたずさわっていれば簡単につぶせたな」
「うち食品系の会社なんで助かりましたよ」
そんなふうに、珍しく他愛もない話をする氷雨と悠馬がやけに親しく見えて、友也は焦れたように悠馬の手を引いた。途端に周囲からやっかみの声があがった。
「悠馬は八雲じゃなくて俺に会いに来たんだよな?」
「えっと、はい」
「なら生徒会室へ来てくれ。大事な話があるんだ」
「大事な話?」
もしかしてこの間のテストの点数が芳しくなかったため、特待生を外されるとか言われるのだろうか。悠馬がそわそわしているうちに、友也に生徒会室へ引き入れられて扉は閉められた。
ふたりきりになり、途端に静かになった。生徒会室はドアの付近以外あまり音が漏れないつくりになっていた。生徒会の情報が漏れないようにとの配慮だった。
「悠馬。俺、悠馬に言わなくちゃいけないことがあるんだ」
生徒会室の真ん中で、友也はまぶたを伏せて言った。蛍光灯の光に透かされて彼のまつ毛は幻想的に見えた。
「なんですか?」
こう改まって言われると余計に怖いような気がした。嫌な話なら早くしてほしかった。
しかし悠馬の予想は、百八十度裏切られた。
「俺、悠馬のことが好きなんだ」
「……へ?」
悠馬には友也の言っていることが理解できなかった。
「好きっていうのは、恋愛の意味で好きなんだ」
「ちょっ、待って、え? だって友也兄ちゃんには彼女がいるでしょう」
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