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親愛なる君へ5
悠馬はとっさに友也を突き飛ばし、生徒会室の扉を開けて外へ飛び出した。当然ながら友也がそれを追い、手を伸ばした。
「悠馬、どうして……!」
友也は信じられないものを見るような目で、悠馬を見た。廊下で様子をうかがっていた、氷雨を含む親衛隊やその他のギャラリーも、目を丸くしていた。
ここまで来たらもう嘘はつけない。もう真実しか吐けない。たとえそれが最善でなかったとしても。
「友也兄ちゃん。俺が好きなのは、隊長です。俺は、八雲先輩が好きなんです」
しん、と周囲が静まりかえった。
「さっき、女の子しか好きじゃないって……嘘だったのか」
「すみません。俺は完全に同性愛者です。ここに入学して、隊長に出会って、一目惚れでした」
「同性愛者ならなんで俺じゃだめなんだよ」
友也が悠馬の両肩を掴んで言った。その声はかすれていた。途端に周囲がざわついた。いったいどうなっているんだ?
「八雲先輩以外じゃだめなんです」
「……なら、八雲は? 八雲は悠馬のことをどう思ってるんだ」
友也に話をふられた氷雨は、周囲の視線を痛いぐらいに浴びながら顔を歪ませた。
「どうっ、て……」
今までさんざん悠馬に偽言を吐かれてきたのだ。今さら改めて好きと言われたところで、すぐに答えなど出せるわけがなかった。
否。以前の氷雨ならば、すぐに拒絶を示していただろう。あの頃は悠馬に憎しみしか抱いていなかったのだから。──なら、今は? 自問自答してみても、綺麗な回答は見つからなかった。
「僕は佐野悠馬が嫌いだ」
ようやく氷雨が口にしたのはそんな言葉だった。
「わかってます。でも、諦めることなんてできません」
「……そう」
悲しそうな相づちを打ったのは友也だった。
「悪い。少し落ち着かせてくれ」
友也はそう言葉を続け、生徒会室へ戻っていった。友也がいなくなった廊下は阿鼻叫喚の巷と化した。
「ちょっとどういうこと!? 生徒会長が好きだったのは、彼女じゃなくて佐野だったの!?」
「だいたい、佐野は八雲に一目惚れしてたって」
「意味わかんない。説明してよ!」
怒号が飛び交うなかで、氷雨がゆらりと足を前へ進めた。
「僕は桐生様に、桐生様はデクに、デクは僕に片想いか。とんだ茶番だな」
からからと笑ってみせた氷雨の目は、ちっとも笑ってなんかいなかった。
翌日。悠馬の机にはバカだの死ねだの幼稚な落書きがされ、教室へ置きっ放しにしていた教科書はすべて姿を消していた。いじめは大歓迎だが、教科書は無いと困る。
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