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好きです、隊長1
今朝、友也が生徒に向けて彼女の説明をしていたようだ。彼女はフェイクだったと。しかし今になってはそんなこと、重要ではないような気がした。悠馬はひとまず教科書の捜索へ出かけた。
捜索と言ってもおおよその見当はついていた。この学園にある一番大きなごみ箱は、昇降口に設置されていたからだ。案の定ごみ箱の前には小柄な人影があった。美しい黒のレイヤーミディアムヘア──って、あれはもしや。
「八雲……先輩?」
名前を呼ばれた氷雨は、ぎくっ、と肩を震わせた。氷雨の手からばらばらとぼろぼろになった教科書と釘がこぼれ落ちた。
「何をしていらっしゃるんですか?」
「お前に嫌がらせしてるんだよ」
なかばやけになったように吐き捨てると、氷雨は足元に置いた自分の鞄から新品の教科書を出し、悠馬に渡した。
「これは……?」
「僕なりのいじめだ」
何冊もある教科書を一旦床のすのこに置き、一番上の一冊を取り上げた。
ぱらぱらと開いてみるとそれは歴史の教科書で、一つ一つの肖像画に丁寧な落描きがほどこされていた。ペリーがパンダみたいな目にされていたり、徳川家康が無理やりゆるキャラの顔にされたりしていた。
どうやら悠馬の元々使用していた教科書は何者かがぼろぼろにして机に突っ込んでいたらしかった。氷雨はそれを知り、悠馬の古い教科書を捨て、落書き済みの新しい教科書を持って来たのだった。
「くっ……これ、や、八雲先輩がっ……?」
「ああ」
笑いをこらえる悠馬をしり目に、氷雨は悠馬の下駄箱を開け、体育用のスニーカーを取り出した。それは画びょうが刺されぼろぼろになっていた。
氷雨はその画びょうを抜き、代わりに釘をたくさん刺した。
「ちょ……っ」
「嫌なの? 僕からのプレゼントなのに」
「いえ、受け取ります!」
元気よく返事をすると、あきれたようなため息が聞こえた。
「お前って本当に馬鹿だな」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてないから。言っておくけど、教科書は餞別だ。前にお前が勝手に作ったプリントで、そこそこの点数が取れたし……にやつくな!」
嫌な予感がして振り向くと、氷雨の予想どおり悠馬はだらしなく頬をゆるませていた。
「だって嬉しいんですもん」
「ああそう」
「もう、隊長と接点なくなっちゃいますから。最後の思い出になりました」
「最後とか」
言葉を切り、パタン、と氷雨は悠馬の下駄箱の蓋を閉めた。
「勝手に決めるな」
「隊、長? だって、親衛隊やめちゃうんですよね」
「お前に負けたなんて思いたくないからな」
そう、氷雨は今朝、親衛隊をやめることを宣言していた。隊長の座は現副隊長に譲るとのことだった。
「ま、お前が暇なら僕の親衛隊でも作ったらいいんじゃないの」
「えっ」
唐突な氷雨の提案に、悠馬は目を丸くした。氷雨はあらためて悠馬へ向き直った。
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