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ふざけたウサギの1

 悠馬は鞄から大袋の菓子を取り出した。まともな方の手土産、と言ったところだろうか。 「父さんといえば、うちの会社のお菓子を持ってきましたよ。そのピーチなヒップのティーに合うかもしれません」 「桃尻じゃなくてローズヒップティーだからな。わざと言うなよ……ってこれ」 戯れに付き合ってやった氷雨は、人ひとり分くらい入れるスペースを空けて隣に座った。そして悠馬の持参した菓子のパッケージを見て目を剥いた。  それにはセンスの悪い、ふざけたウサギのキャラクターが描かれていた。 「チョコレート菓子……」 「そうです、よくご存じですね。ここらへんではあまり卸してもらえてないんですよ」 氷雨はこの菓子を、味を、よく知っていた。見た目に反して誠実な味のするこれは、初等部のころ友也が氷雨の家に持ってきたお菓子そのものだった。  大袋を見てみれば、なるほど製造元は『佐野製菓』と端に明記されていた。友也からこれをもらったあの時から、これは氷雨にとって二度と忘れられない思い出の品だった。  けれど友也にとっては、大切な従兄弟の親の会社が作っているお菓子だったのだ。クラスメートへの詫びの品にふさわしいと当時の友也が判断したのだから、その頃からすでに思い入れがあったのだろう。  氷雨は無性に悲しくなった。昨日の自分の発言が胸に刺さった。 「とんだ茶番、だな……」 再度繰り返してみても虚しさは広がるばかりだった。悠馬は不思議そうに、頭の上へ見えないクエスチョンマークを出していた。 「どうしたんですか?」 悠馬が問いかけても氷雨は返事をしなかった。仕方なしに悠馬は菓子の包装を開け、しっとりしたチョコレートビスケットを口に運んだ。 「それ、桐生ともよく食べてたのか」 ようやく口に出した言葉は、氷雨が本当に聞きたかったこととは違うような気がした。それでも悠馬はけろりと答えた。 「ええ、うちの製品で一番これが美味しいから、友也兄ちゃんも好きだったみたいですね。ちなみにこのウサギ、俺が小さい頃に描いたらくがきが元になってるんですよ」 「どうりでふざけた顔のウサギだと思った」 「お褒めにあずかり光栄です」 いつもの調子で機嫌よくそう返した悠馬とは裏腹に、氷雨は苦い顔をしていた。  氷雨があのとき友也からもらったのは、友也の好きな悠馬が描いたパッケージの、友也の好きな悠馬の父親の会社で作っているお菓子だったのだ──。その事実は氷雨の心にひやりと冷たいつららを刺した。  人間つらくなると逆に笑ってしまうもので、氷雨は唐突にくつくつと喉を鳴らした。しかしそれは全然楽しそうではなく、笑えば笑うほど虚無感が増していくように思えた。

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