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ふざけたウサギの3
「待て」
「待てなんてしつけられた覚えはありません」
「なら今覚えろ。シャワーくらい浴びさせろよ」
「一緒に入ります?」
「い、や、だ」
わざと強調するように氷雨は言った。やがてバスルームのほうから扉を閉める音とシャワーの水音が聞こえると、悠馬は機嫌よさそうに鼻唄を歌いはじめた。
悠馬の好きな歌はもっぱら男性アイドルのものだった。これを氷雨が歌ったらどうだろう、このステージ衣装を氷雨が着たらどんなにか似合うだろう、イントロをなぞりながら妄想に励んだ。
そして悠馬は持参した荷物をほどいた。そこには縄はもちろんのこと、安物のムチから、とても記述がしづらいものまでさまざまな道具があった。
ひとつひとつ並べて想像を巡らせていたら、そのうち氷雨がシャワーを終え、スウェット姿で現れた。黒の上下であるそれは十代から二十代に人気のブランド製で、シンプルなデザインだった。
「バスローブじゃないんですね」
「そんなもん持ってるわけないだろ。お前もとっとと入ってこい」
悠馬を視界にとらえながら言った氷雨は、彼がいかがわしいものを並べている姿を見てあきれた様子だった。コイツは僕をSMの女王様か何かと勘違いしてやいないだろうか?
「あ、でも着替え持ってきてません」
「いるよな、不要品ばっかり持ってきて必要なもの持ってこない奴。僕の替えを貸してやるからきつくても我慢しろ」
「どうせ脱いじゃいますからお気になさらず」
悠馬のそんな軽口に、氷雨はあからさまな嫌悪をあらわした。悠馬が来る前にわざわざスウェットの替えを出しておいてやって損した、と氷雨は小さく舌打ちした。
それでも、いや、むしろ氷雨が不機嫌になればなるほど反比例のように悠馬の気分は高揚していくようだった。楽しそうにスキップをしながら、悠馬はバスルームへ向かった。
そのうちシャワーからあがった悠馬に、氷雨はつかつかと横柄に歩み寄った。
「遅い」
「すみませ……」
「早く来い。罰、欲しいんだろ?」
「欲しいです」
返事をしながら、悠馬はくらくらと甘ったるい花の匂いにうもれるような錯覚に陥った。
どんなに氷雨がやけになっていたとしても、これから行うことがどんなに虚しいものだとしても、悠馬にとっては十分すぎるものだった。
だから悠馬は祈ったのだ。ひどく凡庸で陳腐な言葉だが──神様お願いします、夢ならどうか覚めないで、と。
そうして氷雨はしぶしぶながらも鞭を手に取った。どうにも乗り気でなさそうだったのは、彼はもっと鋭利な刃物を望んでいたからだったようだ。
悠馬ならば氷雨に喜んで命を差し出しそうではあったが、あいにく彼はそこまで病んでいなかったらしい。
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