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恋人条約2
「……悪い。驚かせたな」
「いや」
首をゆるく振った氷雨だったが、内心はかなりショックを受けていた。悠馬に対して軽口を叩いただけでこんなに友也は憤るのだ。友也とて悠馬には屈辱的な振られ方をしているというのに。
「つまり僕が佐野悠馬を部屋に呼ばなければいいと」
「俺個人の感情としてはそうしてもらいたいが、本来は八雲と悠馬が何をしようと自由だからな。そうだな、せめて怪我を負うようなことはやめてくれ」
「僕は別に暴力をやめても良いんだけど」
「悠馬がそれを嫌がると?」
「……まあ、善処する」
親譲りの政治家めいた氷雨の物言いに、友也はがっくりと肩を落とした。これでは何の解決にもならない。きっと分かりづらいところに傷が増えるだけだ。下手をすれば重い病にも繋がりかねない。
やはりこの提案をするしかないだろうか。友也は苦々しげに口を開いた。
「八雲。八雲は俺のことを今でも好きなのか」
「それを聞いてどうするの」
「俺と付き合わないか?」
突拍子のない友也の申し出は、あまりに耳なじみがなくて氷雨はすぐに理解することができなかった。
「……は?」
「八雲は俺と付き合いたかったんだろ」
「そりゃそうだけど」
氷雨が自分と付き合えば、悠馬もさすがに諦めがつくとでも言うのだろうか。
「馬鹿にしてんの?」
「って、言われると思ってたよ。プライドの高い八雲のことだ、そうはね除けるだろうって。それに悠馬の心も傷つけることになるだろうし」
「だよね。桐生らしくない」
「それでも悠馬が今後大ケガするよりはマシだろ」
「信用ないな……」
「それはさっきの八雲の言い方が信用ならなかったからだよ」
友也の言うことはもっともだった。
「ただそれを踏まえても、これは八雲に対して失礼な提案だってことくらい自覚してる。だからとりあえず今度の休日にデートしてみないか? そうしたらいくぶん八雲の気も晴れるかもしれないし」
「僕が……桐生と、デート?」
「場所は八雲の好きなところでいいよ。ただいきなりホテルとかは勘弁してくれよ」
冗談めかした友也の声色は、先ほどよりもずっと柔和だった。氷雨はじっと友也を見つめた。理由はどうあれ、友也と二人きりで出かけられるのだ。恋人みたいに。
ひとまず氷雨は友也と連絡先を交換して退室した。手の中のスマートフォンがいつもより熱を持っているような気がした。
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