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グダグダクッキング1
「何でも、ってこんなことですか?」
悠馬は氷雨の部屋でフキを板ずりしながら、至極不満げに口を尖らせた。
あのあと何となしに氷雨は悠馬を部屋に誘った。しかし行為に使うような道具の持ち込みは拒否し、代わりにバスでスーパーに行って食材を買ってこいと命令した。氷雨はご飯だけはちょうど炊けるよう、炊飯器をセットしておいた。
「何でもするって言ったのはお前だろ」
「もっと過激なのがよかった」
「本当にお前は自分の欲求のことばっかりだな」
悠馬を待つ間に取っておいた昆布だしの湯を沸かし、氷雨はそこに鰹節をたっぷり入れた。時折スマートフォンの料理アプリで手順を確かめる。合わせだしの取り方はこれでいいはずだ。
もう一つの空いているコンロでは牛肉のしぐれ煮を作っていた。鍋に牛肉とたけのこの水煮を入れて味をつけ、落とし蓋をして煮た。甘辛い香りが食欲をそそる。
「おいしそうな匂いがしますね!」
「そうだな」
氷雨は小皿に煮汁をついで味見をした。彼自身料理などやったことがないので、検索したレシピ通り分量を測って手順通りにした。余計なことをしなかった分シンプルで口あたりのいい味がした。
「俺にも一口」
悠馬の要求に氷雨が無言で小皿をつきつけてやると、悠馬はそれを受け取りながらも口をつけず、氷雨の肩を掴んで強引にキスをした。いつものかさついた唇が氷雨の唇を塞いだ。
「……っ、ベタなことするな」
氷雨は口元をこすりながらも、かすかに赤面していた。悠馬はそんな彼の変化を見逃さなかった。
「意外とお好きなんじゃないですか」
「そんなわけないだろクズ。気持ち悪いんだよ」
「もっと言って下さい」
「し……生きろ。元気に長生きしやがれ」
「先輩がおっしゃるなら世界最高齢目指します!」
意気揚々と宣言した悠馬をしり目に、氷雨は自分の唇をなぞっていた。熱い。なんで。なんでこんなサイコ野郎にキスされて動揺してるんだ。だいたいコイツとキスすること自体初めてじゃない。行為の間にもなんだかんだでたくさん深いキスをしているというのに。
そもそも悠馬の顔のつくりは良くも悪くもない。特段まつげが長いわけでもないしどこにでもいる一重まぶたで、全体のバランスが良いとも思えないしとにかく印象に残らない顔立ちだ。
なのにさっき、あの瞬間、氷雨は悠馬に目を奪われた。綺麗だとか整ってるとかそんなものじゃなくて、ふいに惹きつけられてしまったのだった。
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