84 / 113
グダグダクッキング5
「ごちそうさまでした」
「だしの違いわかった?」
「わかりましたよ! 味噌汁のだしは魚っぽさが強くてうまくて、フキの方は合わせだしでこれもすごくおいしくて。あれ。上手く言えないな」
「一応わかったんだよな……?」
「はい。先輩のおかげで味覚が整いそうです。フキの名前も覚えました」
「フキくらいはさすがにな。お前八頭とかも知らなさそう」
「やつがしら?」
「大きい品種の里芋だよ。縁起物でおせちに入ってるだろ」
「あれ普通の里芋と違うんですか。気づかなかった」
スマートフォンをタップして検索をかける悠馬を横目に、氷雨は先に皿をシンクに運んだ。悠馬に洗い物を押しつけようかと思ったのだが、先ほどの様子を見るに彼にすべてを任せたらいつまでも終わらない予感がして二人で片付けることにしたのだ。
それから悠馬も八頭について知識の確認を終えたのか、氷雨に続いて皿をシンクに置いた。
さて皿洗いだけはインターネットの助言はそう役には立たない。せいぜい皿の油をキッチンペーパーや新聞紙で拭っておく、などのアドバイスくらいだ。
「皿洗いはやったことありますよ」
「じゃあお前洗って。僕が拭くから」
腕をまくって意気込んだ悠馬の横に、氷雨が布巾を持って並んだ。悠馬は腰が痛むのか時折身体を右に曲げたり左に曲げたり動かしたので、氷雨は軽く蹴りを入れた。
「痛い。もっとやって下さい」
氷雨が悠馬の要求を無視すると、彼はもっと目を輝かせた。
「放置プレイですね!」
「ほんっとお前救いようがない」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてないから」
氷雨はため息ひとつ、悠馬の腰に手を伸ばして丁寧にさすってやった。
「今日の先輩やさしい」
「無視しても蹴ってもお前が喜ぶからだろうが。結局撫でても喜ぶのな。むしろどうしたら喜ばないんだよ」
「さあ。氷雨先輩といるだけで俺幸せな気分になるんで」
「僕はお前といるだけで不愉快な気分になる」
「じゃあわざわざ呼ばなければ良いのに」
悠馬の発言はもっともだった。氷雨は拭いた皿を水切りかごに置き、カチャリと音を鳴らした。
「お前を呼ぶのはただの気まぐれだから」
「そうですか」
悠馬は洗った皿を氷雨に渡してあいづちを打った。また気が向いたら呼んでください、と続けようかと思ったがやめた。それは悠馬の本心とかけ離れた言葉だったからだ。氷雨の気が向いたらなんかじゃなくて、当たり前にそばにいる関係になりたかった。
ともだちにシェアしよう!