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氷雨の答
氷雨が昨日友也にした返信は、昼食後に直接話をしたいという内容のものだった。学食で一般生徒の席からロフトのように階段を上がるようになっている生徒会特別席から下りてきた友也。彼をすぐに親衛隊が囲んだため、氷雨は現隊長に声をかけた。
「隊長……」
「僕はもう隊長じゃない。〝桐生〟に話があるんだ。大したことじゃないけどね」
友也を桐生と名字を呼び捨てにした氷雨に現親衛隊長は面食らったが、自然なその態度に大人しく道を空けた。
「生徒会室じゃなくていいのか」
「いいよ。廊下で話そう」
氷雨は開け放たれた大きな窓から顔を出し、グラウンドを視界におさめた。友也も彼の隣に並び、同じようにした。時折吹く風は残暑のやけどのような匂いがして、氷雨の髪から香る清廉なそれとは対称的だった。
こうして改めて氷雨を見てみると、本当にこの男は人形のような顔をしているなと友也は思った。長い睫毛に大きな瞳、生意気そうな赤い唇。目が合うと一瞬どきりとしてしまった。
氷雨は元々整った顔立ちをしているが、このところどこか余計に魅力的になったような気がしていた。それでも安易に心変わりはしないが、惹きつけられてしまうのは確かだった。
「桐生の提案なんだけど」
まばたきを一つして、氷雨が話を切り出した。友也は次ぐ言葉を聞かずとも、その態度で彼の言わんとしていることを感じ取ることができた。
「断る、って?」
友也の問いに氷雨はおもむろに頷いた。
「よくわかったね」
「なんとなく。でも一応理由を聞いておこうかな」
やわらかな友也の口調に呼応するように、彼の金茶色の髪が風で揺れた。絵になるな、なんて客観的な感想を氷雨は抱いた。
「かりそめだとかその場しのぎとか、そんなんじゃ満足できないようになっちゃったんだよね」
「八雲はよくばりだな」
冗談めかして友也は笑った。
「僕らしいと思わない?」
「そうだな。八雲らしいよ」
背後からなごやかな二人の様子を観察していた生徒たちは動揺し、ざわついていた。
「えっ、どういうこと? なんかあって桐生様は八雲様と付き合っちゃう感じ?」
「経緯はわかんないけど美形同士お似合いじゃない?」
「桐生様が取られるのは辛いけど、麗しい八雲様なら納得かもー」
「少なくとも佐野よりはいいよね」
「佐野って誰だっけ?」
親衛隊含むギャラリーはあれやこれやと好き勝手なことを言い合っていた。その場にいた者たちは悠馬の存在を忘れかけていたくらいだった。
そんなふうに後ろで騒がれていることに氷雨も友也ももちろん気づいていたが、二人はさして気にもせず話を続けていた。聞かれて困る話はしていなかったからだ。
「ああ、そういえば。佐野悠馬への暴力は──」
思い出したように氷雨は顔を上げた。
「大丈夫だろ」
友也はまっすぐ氷雨を見つめた。
「今の八雲なら」
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