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荷造りは乱雑に1
その後、午後一番目の授業が終わるころには氷雨と友也のことが学校中の噂になっていた。それはすっかりクラスから孤立してしまった悠馬の耳にも届くほどだった。
「さんっざん期待させといてそりゃ無いよ……」
悠馬はひとりごち、机に突っ伏した。そんな彼を親衛隊の隊員たちが笑って見ていた。
「佐野、あからさまに凹んでるよ」
「かわいそー」
「桐生様と八雲様すっごくお似合いだもんね」
「ブサイクのくせに調子乗った罰でしょ」
聞こえよがしの悪口は、かつて仲間としてともに制裁や追っかけ対策にいそしんだ親衛隊員たちによるものが主だった。愛らしい外見の彼らによる、悠馬の好む罵倒。普段の悠馬なら最高の組み合わせとはしゃぐところなのだが、今はぜんぜん嬉しく感じられなかった。
悠馬は鞄からカードキーを取り出して眺めた。今朝氷雨から受け取ったものだった。あのとき合鍵を貰えたんだと思ってすごく嬉しかったのに。ブサイクのくせに調子乗った罰、か──。
「あ……そういうこと?」
そうして一つの可能性に気がついた。独り言をつぶやいた悠馬のことを誰も気にとめなどしなかった。悠馬は自身が取るに足らない存在であることを痛感し、頭に浮かんだ可能性を確信に変えた。
放課後、悠馬は自分の部屋に一旦荷物を置き、大きな鞄を持って氷雨の部屋に向かった。今日は三年生が受験関係の説明を受けるために帰りが遅いことを知っていた。どうせそのまま友也兄ちゃんの部屋に行って、ここには帰って来ないかもしれないし。
悠馬は氷雨の部屋に入るなり、置いておいた鞭などの道具にスウェット、下着、制服の替え、ヘアスタイリング剤、制汗剤、シャンプーにコンディショナー、それから歯ブラシを回収した。やけくそになって鞄に無造作に放り込むと、がしゃがしゃ乱暴な音が鳴った。整理のつかない悠馬の頭の中のようだった。
そう、悠馬は氷雨から渡されたカードキーの意味を、彼がいない間に荷物を整理しておけという意図に解釈したのだった。片付ける前に氷雨に確認を取ろうかとも思ったがやめた。勇気が出なかった。ああそうだよお前にしては察しがいいな、なんて返信が来たら、きっと俺はスマートフォンを投げ壊してしまう。
美しい氷雨には美しい友也が似合う。自分ではつり合っていないなんてこと、はじめからわかっていた。自分はただのいち親衛隊員で、氷雨に制裁を受けたり氷雨と活動をともにできればそれだけでよかった。身のほどを顧みなかった自分が悪いのだ。
ぎゅっと奥歯を噛みしめ、悠馬は大きな鞄を抱えて氷雨の部屋を出た。と、ちょうどその時、帰宅しようとしていた氷雨が悠馬を見つけて肩を叩いた。
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