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思いきり甘やかして3

「苦しっ……」 「氷雨が可愛いこと言うから」 「僕のせいにするな」 氷雨がとんとんと悠馬の胸をたたくと、悠馬はそっと氷雨を解放してこう続けた。 「そうだ、明日どこか出かけようよ」  悠馬は試しに敬語を崩してみたのだが、氷雨はどうもしっくりこないといったふうに首をひねった。 「どうしたの?」 「やっぱりタメ口はタメ口で苛つくな」 「自分が呼び捨てにしろって言ったのに」 「たまに呼び捨てにして」 「難しい注文だなあもう……。じゃあ改めて先輩、明日デートしましょ」 「例のスプラッタ映画?」 「映画もいいですけど、せっかくだから氷雨先輩の行きたいところに行きましょう」 「そうだな……。僕は久しぶりに幻疋屋パーラーのバナナオムレットが食べたい」 「幻疋屋ってあの、桐の箱に入ってる果物が売ってるところですか。マダムかOLか大人カップルしかいないのでは」 「そうかもな。むしろ女子高生とかが多いところは嫌なんだよ」 「あー……先輩すごく目立ちますもんね」 悠馬は氷雨の整った顔を改めて眺めた。小さな顔にすっとした眉毛、つり目がちの大きな瞳、女子顔負けの長いまつ毛。  全寮制男子校の咲城学園で生活を送っていると感覚がにぶりがちだが、いくら小柄であるとはいえこの容姿ならば異性がほうっておかないだろう。同性でさえ目を引くのだから。 「背景に溶け込む悠馬と違ってね」 そして氷雨はいつもの調子で嫌味を返した。悠馬はうまく返答できず言葉をつまらせてしまった。先ほどクラスメートたちから受けた聞こえよがしの悪口が脳裏に浮かんだからだ。  ──桐生様と八雲様、すっごくお似合いだもんね。誰が見ても美しい氷雨と十人並みの容姿の自分。そう、取るに足らない存在の俺はつり合ってないんだ。 「なに、珍しくへこんでるの」 「……別に。じゃあ幻疋屋でモーニングとデザート食べてゆっくりして、それから──映画はまた今度にして、もしよければ明日はあの水族館に行きませんか」 悠馬は気を取り直して笑顔を作ってみせた。不自然な彼の表情に氷雨は違和感をおぼえたが、あえて追及するのはやめた。 「遠足で行ったところか」 「はい。あの時ゆっくり見れなかったし、俺また氷雨先輩と一緒に行きたかったんです」 「そういえばお前、そんなようなこと言ってたな。いいよ、行こう」 軽くうなずいた氷雨に、悠馬はぱっと瞳を輝かせた。 「どうしたの」 「あの時は『僕に関わるな』って突き放されたのに、今は二つ返事でOKもらえたんで感激してるんです」 「一応言っておくけどあれは悠馬が悪かったんだからな」 「ぐうの音も出ませんね……。結局あの遠足も、俺の投稿のせいで友也兄ちゃんも氷雨先輩も危ない目に遭わせちゃったし……」  一拍の間を置いて、やべっ、と悠馬が小さく呟いた。

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