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理想のデート4

 その時ちょうどモーニングのセットコーヒーが運ばれてきたので、氷雨はミルクだけ入れて口をつけた。悠馬は砂糖もミルクも入れて少し甘くなったコーヒーを飲み、普段よりも饒舌な氷雨の話に意識を戻した。 「それと来年誕生日が来たらすぐ普通免許取れ」 「車の?」 「そう。取れたら練習しまくって運転に慣れておくこと」 「俺とドライブデートに行きたいんですか?」 「そんな甘いもんじゃない。特に僕の実家のあたりの道と東京の道は頭に叩き込んでもらう」 「今どきナビもあるのに。俺にタクシードライバーになって欲しいんですか」  悠馬が不思議に思って問うてみたら、氷雨はきらりと目を輝かせた。 「タクシードライバーよりよっぽど大変かもな。でもお前、わりと面倒な仕事好きだろ」 「大好きです」 「ならいい。そうだな、お前の言う一蓮托生も考えようによっては叶うかもしれない。僕が落ちたら悠馬も職無しだ」 「落ちたら?」 「そう。落ちたら」  落ちぶれたらって意味かな、と悠馬は思った。落ちたら一蓮托生か。まるで心中みたいなことを言う。それが流行った江戸時代じゃあるまいし。  でも氷雨と一緒なら極楽浄土の景色もいっそう美しく見えることだろう。なんてったって氷雨は蓮の花よりもずっと可憐で凜としていて綺麗だ。天国の門扉を叩くときも、俺は氷雨の手をぎゅっと握って離さないでいよう。  そのうちサンドイッチが二人の元へ運ばれてきた。氷雨も悠馬も軽くいただきますとあいさつしてサンドイッチを食べた。幻疋屋は言わずと知れた果物問屋だが、サンドイッチもパンと具の味のバランスが絶妙でおいしかった。 「モーニングは初めて食べました。サンドイッチうまいですね」 「モーニングはってことは、何回か来たことあるの」 「少なくとも一回は来たっていうのを思い出しました。別の店舗ですけどね。もう今思うと最悪だったんですけど」  悠馬はコーヒーを一口飲んで重々しいため息を吐いた。幾度となく見た悠馬の辛そうな表情。今までと違うのは、それを見た氷雨も共感してつらい気持ちになったことだ。  ──悠馬がことのあらましを話し終えると、開口一番氷雨はこう言った。 「あのさ、人の親にこんなこと言うのはアレだけどお前の母親クソすぎない?」 「っはは、ストレート」 「だって浮気相手と会うのにお前連れて行くってお前」  悠馬が語ったのは、母に連れられて出かけてみたら愛人との逢瀬であり、せっかく幻疋屋パーラーの高級なパフェを食べさせてもらったのにちっとも味がしなかったという話だった(そのくせ恩着せがましく母親は、高いお金出してあげたんだからとか言っていたらしい)。パフェなんてどう考えても父親への口止め料だったのに。

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