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理想のデート5
「母さんは博愛なんですよ」
「悠馬。かばうな」
「……そうですね」
悠馬は氷雨のシンプルな指摘にうなずき、残っていたサンドイッチを口に入れた。おいしいけれど少し苦く感じた。
「親の批判するのって辛いよな」
氷雨が長いまつげを伏せて言った。彼も経験があるからだろう。八雲議員の裏金問題について当時の記憶はほとんどないものの、今でもインターネットでちょっと検索をすれば氷雨の父の黒い過去を調べることができるので悠馬も表面的な事情は知っていた。
「そう、ですね」
悠馬は喉に引っかかっていた──サンドイッチではない──ものを流し込むように、コーヒーを何口も飲み、添えられているオレンジを食べた。爽やかで甘酸っぱくて優しい味がした。悠馬はふっと口元をゆるませた。
「でも、なんかこうやって氷雨が俺の代わりに怒ってくれたり、ちょっと似たような思いしてたんだなって聞けて、少し気が晴れた」
「悠馬だって僕のことで怒ってただろ」
「え?」
悠馬はきょとんとした。先ほど女子高生に憤ったことは意識してしたことではないし直接彼女たちに伝えたことでもなかったから、氷雨にそんなふうに言われると思っていなかったのだ。
「……幻疋屋パーラーの食事はおいしいんだ。砂を噛むような思い出じゃあまりにももったいない」
「ですね。先輩のおかげでやっとちゃんと味を知れたのかも」
そう言って悠馬は皿に残っていたフルーツをゆっくり食べた。もう飲み物で流し込んだりしなくていいんだ、と思うとなんだかほっとした。
二人がモーニングのプレートを平らげると、続いてバナナオムレットが運ばれてきた。芳醇な香りを楽しむように一瞬だけ氷雨が目を閉じた。長いまつげが震えて綺麗だ、と悠馬は思った。
ナイフで切った一口ぶんを咀嚼すると、まず口の中に濃厚な卵の味が広がった。そしてたっぷりのクリーム。まるで口いっぱいに頬張ったみたいな満足感だ。二口目に中に埋もれたバナナを放り込むと、やっぱりもちろんおいしくて、頬が落ちるというのはまさにこういうことを言うのだろう。
「おいしいな」
「はい、とっても。氷雨先輩のおかげで好きなものが増えました」
「それはよかった。悠馬の好きなものは僕以外悪趣味が過ぎるからな」
「先輩のそういうとこほんと好きですよ」
悠馬は心から楽しそうに笑った。きっとこれから悠馬は、幻疋屋を見る度にこのモーニングとデザートの味と、自分の心に寄り添ってくれた氷雨の言動をまっさきに思い出すだろう。母からの残酷な仕打ちの蓋となるこれは、きっとジャム瓶のそれより開けにくくそれでいて甘やかなはずだ。
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