103 / 113

理想のデート9

 ラッコを見終えて二人は奥へ足を進めた。この水族館の目玉の一つ、多種多様なサメのいる水槽だ。遠足で来た際に悠馬が気になっていたコーナーである。 「サメの牙ってたまらないですよね。鋭くてちょっと残虐さを連想させて……」 「前もサメに見とれてたな。マゾにはたまらないフォルムなの?」 「一般的にはどうかわからないですけど、俺は好きですね」 「僕だけじゃ飽き足らないって? 贅沢」 「そんなことない、氷雨の冷たい眼差しのほうがずっと興奮する」 悠馬は首を振りながら氷雨の両手を包むように握った。氷雨はそれを振り払いはしなかったものの、ため息混じりにこう返した。 「それ言われてもまったく嬉しくないんだけど」 呆れて冷たい眼差しを向けると、悠馬は瞳をらんらんと輝かせた。氷雨としてはプレイのつもりなど毛頭なかったのだが。  そうしているうちにイルカショーの開始時刻が近づいてきた。二人は座席の確保をするために早めに向かうことにした。ステージ前のベンチには家族連れを中心に人が集まり始めていたが、悠馬と氷雨は中段あたりに空席を見つけて座ることができた。 「悠馬はイルカショーを観るのは小学校の遠足以来って言ってたよな。……僕と一緒に見たいなんて、物好きっていうか」 「物好きなんてことないですよ」 「物好きだろ。僕はわがままで、それこそ遠足とかの時いつもクラスメートに煙たがられてた。父の権力に守られてた僕は、本当に好き勝手やってたんだ」  氷雨はまだイルカがいないショーステージを視界に捉えながら、苦々しい面持ちで語り始めた。 「初等部の修学旅行先が決まったときも、僕はごねて自分の意見を通そうとした。そんな僕を咎めたのが桐生だったんだ」 「友也兄ちゃんなら物怖じしなさそうですもんね。その光景が目に浮かぶ」 悠馬はそう苦笑いを返した。 「そう。ほら、アイツそういうところ生意気でしょ」 「それ氷雨が言う?」 茶化すように悠馬が聞くと、氷雨は軽く肘鉄砲を喰らわせた。 「うっさい。それで桐生って小さい頃から頭の回転はいいし人望も厚い奴だっただろ、結局僕は言い負かされたんだよ。それで拗ねた僕に、桐生はわざわざ家まで謝りに来てさ」  氷雨は目を伏せた。ステージの裏からイルカのかん高い鳴き声が聞こえた。 「僕はあの時のこと、結局桐生にも昔のクラスメートにも謝ってないんだよな」 「後悔してるんですね」 「今さら謝っても遅いんだけどね」 「そう……ですね。でもその感情を、大切にするしかないんじゃないですか」

ともだちにシェアしよう!