104 / 113

理想のデート10

 悠馬の言葉に、氷雨はおもむろにうなずいた。 「そうだな……」 「開き直るよりマシだと思いますよ」 「今まではずーっと開き直ってばっかりだった。いつでもどんな時でも。良くないよな」 「今後はやめましょう。俺ももう嘘つくのやめます」 「じゃあ桐生にマゾってカミングアウトするの?」 「ええー、それは」 「桐生もそろそろ察してそうなもんだけどな」 「ああ、氷雨のことが好きって時点で俺がマゾってバレてるかも」 「どういう意味だよ」 氷雨が軽く悠馬の足を踏むと、悠馬は嬉しそうに小さな悲鳴をあげた。  やがてイルカショーの開始時刻になった。飼育員が独特のトーンでイルカやシャチやアシカやオットセイを紹介し、イルカとシャチの大胆なジャンプから始まり、アシカがボール遊びを見せ、オットセイが合唱を披露した。  悠馬は子どもみたいに目をきらきら輝かせ、身を乗り出してショーを観ていた。氷雨ももちろん隣でショーを観ていたのだが、悠馬が胸を躍らせているのが見て取れたのでどちらかというとショーよりも悠馬のことを見ていた。  イルカがジャンプするたびに水しぶきが降り、悠馬の笑顔もきらきら輝いているように見えたのだ。 「まぶしいな」 「ああ、日差しが強いですよね」 「……うん、日差しがね」  こんな凡庸な顔立ちなのに、なぜだろう。悠馬のこういう顔を見ると胸が騒ぐ。先ほど幻疋屋で食べたモーニングにもバナナオムレットにも、蛇口から注いだみかんジュースにだって、悠馬が魅力的に見える魔法なんかかけられていないというのに。 「イルカショー結構良かったな」 ショーを見終えると、ステージの座席の階段を下りながら氷雨は悠馬に声をかけた。悠馬は意味ありげに目を伏せた。 「……氷雨」 悠馬は氷雨を呼び捨てにして彼の手をゆるく握った。 「氷雨、俺のこと見てたでしょ」 「……見てない」 「開き直るのやめたんじゃなかったんですか?」 悠馬が冗談めかして問いかけると、氷雨は人気(ひとけ)のない方へ導くように悠馬の手を引いた。 「見てたよ」 氷雨は少しだけ背伸びをして、わざと悠馬の耳元でささやくように伝えた。そしてそっと悠馬の背中に腕を回した。 「悠馬のことばっか見てた」 「氷雨はずるいなあ……」 あふれでる愛しい気持ちをどうにか見える形にしようとしたのか、悠馬はそう独りごちて氷雨をそっと抱きしめ返した。まるで硝子細工を扱うような手つきだった。  しばしそうした後、人が通りそうになったので氷雨が腕をゆるくほどこうとすると、悠馬もそれに合わせて氷雨から離れた。お互い少しだけはにかんだ顔が、館内の藍色の照明に映されていた。

ともだちにシェアしよう!