105 / 113
理想のデート11
それから悠馬と氷雨はペンギンのいる砂浜へ向かった。遠足でも寄ったところではあるが、この水族館に来たならばペンギンが間近で見られるこのエリアを堪能しなければもったいない。
合同遠足の際は例の事件もあった上に二人の関係性もかんばしいものではなく、ゆったり楽しむ余裕はなかった。しかし今日は正真正銘のデートだ。悠馬と氷雨は、外スペースに作られた砂浜で悠々と泳ぐペンギンたちを穏やかな気持ちで眺めることができた。
ふだんはロクに動物から好かれず、近寄られることもあまりない氷雨だが、この時ばかりは柔らかい彼の表情をペンギンがくみ取ったのかもしれない。人なつっこいフンボルトペンギンが一羽、幼な子のようによちよちと氷雨の後についてきた。
「なんかフンボルトペンギンって悠馬みたいじゃない?」
氷雨は立ち止まって振り返り、ペンギンの前にしゃがみこんで言った。
「俺こんなに可愛いですか?」
「可愛くない。……いや、そういう意味じゃなくて。フンボルトペンギンって人なつっこいんだよ。お前も僕にくっついてきてるからさ」
「でも俺、誰にでもついていくわけじゃないですよ。俺は氷雨がいいからついていくだけで」
「僕がいい、ね……」
氷雨は思うところがあったのか、目を閉じた。長いまつげが彼の白い肌に影を落とした。するとペンギンは近くにいた小学生くらいの女の子に興味をうつし、そちらに向きを変えて歩いて行ってしまった。
「僕がいいなんて言うやつは今までの人生にいなかった。友人らしい友人は初等部の頃の桐生しかいなかったし、ファンを自称して僕にくっついてくる奴はいたけど、顔が良ければ誰でもいいって感じで。正直悠馬もその類なのかと思ってたけど」
氷雨はわざと悠馬を睨んでみせた。悠馬は苦笑を返した。
「もしかして大貫様のこと気にしてます?」
「だって大貫はお前のタイプだろ。ていうか様つけんな」
「あはは、妬いてるうっれしー……いでっ」
頬をゆるめる悠馬に氷雨は軽く蹴りをいれ、うんざりした様子でこう言った。
「うわ。二重で喜ばせてしまった。普通妬くだろ、彼氏が他の男に鼻の下伸ばしてんの見たら」
「……それ聞いたら二重どころか三重四重で喜んでるんですが。このまま押し倒していい?」
「やめろ」
「大貫様はそれこそただのファンってとこですよ。氷雨のことは愛してる」
「軽々しく愛を口にするな」
「行動で見せたほうがいいですね」
「……いや、いい。お前の場合は厄介なことになりそうだからいい。なんだかんだで重い愛情は感じてるしな……」
氷雨は目を伏せて首を振った。そんな仕草でさえ目を奪われるほど綺麗だった。悠馬はこれからも氷雨を重い愛情で絡め取っていこう、とひっそり決意したのだった。
ともだちにシェアしよう!