107 / 113
咲城学園生徒会執行部
生徒会室の窓を開けると、金木犀の匂いが鼻をかすめた。友也の好きな甘酸っぱい香りだ。途端にせつなくなった。また悠馬と一緒に花や景色を楽しめる日が来るのだろうか? そのときは八雲も一緒なんだろうか。俺のことが好きだった八雲は、俺が好きな悠馬の隣にいる。
「もう引き継ぎか、早いな」
副会長の津田がホワイトボードを眺めてつぶやいた。そこには書記の大貫の几帳面な字で「生徒会執行部引き継ぎ事項案」と標題が書かれていた。その大貫はパソコンを開いてすでに会議の準備は万端の様子だ。
「そうだな。……ここ半年は、八雲と悠馬に振り回されっぱなしだったよね」
友也が苦笑いを浮かべながら言うと、津田は意外そうな顔をした。桐生自ら八雲と従兄弟くんの話に触れるなんて──。
「言っておくが、俺は桐生にもだいぶ振り回されたぞ」
大貫がパソコンの横から顔を出し、大きなため息とともに二人の話に入ってきた。
「お前が無茶苦茶な提案するから」
「ごめんごめん。どうしても悠馬と一緒に過ごしたかったんだよ。なんか八雲のそばに置いておくの危なそうだったし。今は悠馬の身の安全って意味では大丈夫そうだけど──」
続ける言葉が見つからなくなって、友也は言いよどんでしまった。
「そっ、そうだ、焼き肉行かねえ? あとで前岡にも声かけて、生徒会執行部4人で!」
そんな友也を見かねて津田が誘いをかけた。
「焼き肉? 俺は……」
「もちろん大貫も行くよな?」
顔を曇らせた大貫に断らせないためか、畳みかけるように津田が問いを重ねた。大貫はそんな津田に対して少しだけ口角を上げた。親友のために立ち回る様がいじらしく思えたからだ。
「行ってもいいが、俺はいきなりクッパを注文するぞ」
「入店直後に締めちゃうのか」
冗談なのか本気なのかよくわからないことを大貫が言うと、すかさず津田が呆れたように返した。
「いいよ、好きなの食えよ」
そんな二人を見て友也は目尻を下げた。そしてふと窓の外に目をやった。そこには、悠馬と氷雨がならんで歩いていく背中が見えた。彼らの鞄にぶら下がったペンギンのキーホルダー──あんなものを揃いでつけるなんて八雲らしくない──が、チカチカと陽の光に反射してまぶしかった。
「どうした?」
目を細めている友也に、津田が不思議そうに問いかけた。津田は悠馬と氷雨の後ろ姿には気づいていないようだった。
「いや」
友也はゆるく首を振った。
「なんでもない」
彼は自分自身を説得するみたいな口ぶりでそう続けたのだった。
ともだちにシェアしよう!