ぱりっとしたスーツに光る議員バッジ。三十歳になった氷雨は父親のような不正は行わず、しかしながら父親のネームバリューと人脈は惜しまず利用して無事に当選を果たした。 「今日のゲストは八雲氷雨議員です」 昼下がりの情報番組に招かれた氷雨は、軽く一礼し、拍手でスタジオに迎えられた。リハーサルも難なくこなし、氷雨の実年齢よりいくぶん若く見えるしなやかな身のこなしにスタッフは感嘆の息を漏らしていた。 「秘書でパートナーの佐野さんもいらっしゃっているとか」 「はい。そちらに」 アナウンサーが氷雨の合図に合わせ、カメラがスタジオ外、スタッフの構えている方に向き、そこに立つ悠馬の姿をとらえた。 　悠馬は相も変わらず凡庸で年齢相応の出で立ちだったが、上等なスーツに身を包んでいても服に着られることもなくしゃんとしていた。氷雨の選挙にあたって支援者との関係づくりに奔走し、良くも悪くも世間擦れしたせいかもしれない。 「本来、夫婦であれば配偶者を秘書にすることはできません。しかし同性のパートナーであればその限りではなく、私はあえて佐野を秘書にしました」 「『同性のパートナーであっても夫婦と同等の扱いとなるべきだ』と八雲議員はお考えであるからですね」 「おっしゃるとおりです。いずれ同性であっても夫婦とみなされ、秘書には選べなくなる日が来ることを願わんばかりです」 台本どおりでありながら無駄のない受け答えをするアナウンサーに、氷雨は満足そうに続けた──。 　──そんな彼らを、友也は自宅のリビングでテレビ越しにながめていた。友也の傍らにはかつてフェイクの彼女だった牡丹女学院の彼女、咲羅(さくら)がいた。 「八雲はすごいよ。自分の性的指向まで武器にしてるんだからさ」 「私たちなんてそれにずっと苦しめられてるのに、芯がお強いんでしょうね。結婚式で見たときも八雲さんは一際オーラがあったもの」 　私たち、という言葉にどことなく仲間意識をおぼえて、友也は少し頬をほころばせた。そんな友也に気づくことなく、咲羅はまぶたを閉じて自分と友也の結婚式を思い出していた。 　式を終えて教会の階段を降りるウェディングドレス姿の咲羅、彼女の手を取ってエスコートする友也。彼女の名にちなんで桜色の花びらを使ったフラワーシャワーの向こうで、事情を知っている悠馬と氷雨の瞳が複雑そうにゆれていた。 　教会で誓いのキスをせずにふりだけで済ませた友也と咲羅を、人は「公衆の面前でキスするのが恥ずかしかったのでしょう」と笑ったが、実際はそんな理由ではないことを悠馬も氷雨も知っていたからだ。 　悠馬は、性愛のない関係性の結婚式に招かれるのは初めてだ、と心のなかでつぶやいていた。氷雨は、高校時代に見かけた咲羅のことを脳裏に浮かばせて、現在の彼女の姿と重ねていた。