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エピローグ2

「どうしてあの二人を呼んだの?」 テレビに視線を戻して咲羅は問いかけた。そこにはまだ氷雨が真剣な顔で映っていて、今後の政策についてだとか、同性愛のことだけでなくさまざまな福祉のあり方について話をしていた。悠馬がカメラを向けられたのは先ほどのワンカットだけだった。 「俺なりのけじめってやつかな。八雲が自分の父親と同じことをしないかどうか、見極めたかったし」 どこか期待を込めていたような口ぶりで友也は言った。言わずもがな氷雨の父親である八雲元大臣は昔、裏金問題が浮上した際に秘書に責任を押しつけた過去があったからだった。  もしも悠馬に何かあったら、その時は──。友也は襟を正した。彼は司法試験を一発で合格したのち、大手の弁護士事務所で働いていたのだった。その事務所を選んだ理由は、中央官庁へ出向の実績があったから。出向の間だけでも悠馬と業務上かかわることができるかもしれないと思った。  そうでなくとも氷雨の罪を悠馬が被るような有事の際は、鉄格子をねじ曲げてでも悠馬を迎えに行こうと考えていた。自分が、自分だけが悠馬の味方でいようと思っていた。  けれど結婚式で見た悠馬はとても洗練されていて、食事の所作も格段に美しくなっていたし、頭からつま先まできちんと手入れされ、ぴしりと神経が行き届いている感じがした。おそらく氷雨にすみずみまで教育されたのだろう。  ちなみに友也が知っている氷雨は、にかいがいしく世話を焼くようなことはしない。つまりそういうことだ。  友也と悠馬は卒業後も親戚の集まりで何度か顔を合わせたが、そのときは身内だけで悠馬も気を抜いていたからあまり気がつかなかった。式に参列してしゃちほこばった悠馬は、議員秘書にふさわしい面持ちをしていた。 「結婚おめでとう」 悠馬はタキシード姿の友也に笑みを作ってみせた。氷雨はそんな彼を横目に、落ち着かない様子でワインをちびちび飲んでいた。 「悠馬も……幸せそう、だな」 ほとんど泣いてしまいそうな声が出て、友也は自分で自分におどろいた。友也には見えてしまったのだ。悠馬と氷雨の手首に片方ずつ──「幸」の字のなりたちである──手枷が嵌まっているかのように。  神の裁きを受けた際に手錠の刑を執行された者は、過酷な刑が多くあるなかで「これならば生命や身体を失わなくて済む」と、幸福な気持ちになったとされている。「幸」の字は手枷の形を模しているのだ。  氷雨はきっと、もう悠馬の命や身体の自由をおびやかすことはしないだろう。けれどその代わり、幸福の手枷で互いを拘束するのだろう。どんな刑より難儀じゃないか。公正な法なんかじゃてんで太刀打ちできやしない。六法全書を蹴飛ばして、友也は咲羅のいれたコーヒーを口にした。

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