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緊張の糸
「……喉、渇かない?」
「え……」
「冷蔵庫は………あ、あった」
繋いだ手が、外される。
予想外の台詞のおかげか。ミキさんの柔らかな声のせいか。緊張感と体の強張りが少しだけ和らぐ。
僕を取り巻く空気まで、変わった気がする。
……けど、離れた瞬間。
温もりが無くなってしまって……淋しいと感じた……
備え付けの小さな冷蔵庫。
その前にしゃがんだ彼が、振り返って笑顔を向ける。
「ミネラルウォーター、飲む?」
「……あ、はい」
部屋に入ったら即ベッドインだと思っていた僕は、何処かホッとしながらも……まだ気持ちが落ち着かないでいた。
ミキさんに促されて、ベッド端に座る。
ミネラルウォーターを僕に渡しながら、スーツのジャケットを脱いだ彼が右隣に座り、手にしていたもう一つのミネラルウォーターの蓋を開けてゴクゴクと飲む。
……よく動く、喉仏。
この後、かな……
ミキさんの横顔をぼんやりと眺めながら、漠然とした事を考える。
想像すればまた緊張が走り、ペットボトルを摑む手にギュッと力が籠もる。
「喉渇いた時は、やっぱり水が一番だね」
口角を緩く上げた彼が、僕を優しく見下ろす。
「え……」
多分、酷く強張っていたんだろう。
ミキさんの大きな右手が伸び、僕の左頬に長い指が掛かった。
「そんなに、緊張しないで」
「……」
言い方とか、雰囲気とか、全然違うのに。
ミキさんが……酷く大空とダブる……
「……うん」
真っ直ぐ見つめ返せば、ふわりと綿毛に触れるかのように、頬を優しく撫でられる。
指先から感じる、温もり。
彼の手は、もう震えてなんかいない。
ゆっくりと目を伏せれば。
彼のもう片方の手がベッドにつき、スッと腰を上げて距離を詰める。
「……」
……ああ、するんだ。
今からこの人と……キス……
少しだけ腹を括ったら、唇から小さな吐息が漏れ……緊張の糸が切れた。
僕の顔に、影が掛かる。
ペットボトルをギュッと抱えたまま、僕は静かに瞼を閉じた。
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