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キスマーク
×××
上まできっちりと閉めた、スクールシャツ。
襟元からギリギリ覗く……赤い鬱血痕。
……もしかしたら、誰かに見られちゃうかも……
そう思ったら授業中でも落ち着かず、一日中そわそわしていたけれど。
気になっているのは僕だけで、案外みんな、他人の事なんて気にしてないんだな……
長かった一日が終わる。
ホッとしたような、してないような……何だか複雑な気分。
襟元に、そっと手をやる。
「………」
佐藤さんにも、付いてるのかな。
大空の……キスマーク。
雨が、降る。
音も無く細く降り続け、辺りの景色は朝靄のように白み……僕の視界を阻んでいく。
湿度100パーセント。
飽和状態の大空への想いが……今は重く、苦しい。
息が出来ない──まるで、水の底に沈められているような気分。
誰もいない、放課後の教室。
汗や湿気を含み、不快感を与えながら肌に纏わり付く白シャツ。
開け放った窓から、しとしとと降る細い雨。それを確認する訳でもなく……ただぼんやりと、外の景色を眺めていた。
──ガラッ
辺りが次第に暗くなってきた頃。
突然、後ろのドアの開く音がした。
驚いて振り返る。
「………実雨 」
そこにいたのは──大空だった。
しっとりと濡れた髪。その毛先から、ぽたぽたと雨雫が滴り落ちている。
重くなったシャツが身体に張り付き……雨で透けた布地に、うっすらと肌色を浮かび上がらせていた。
「……大空 ……」
僕から視線を外した大空は、自分のロッカー前に立ち、キルトバックから乱雑にスポーツタオルを取り出す。
髪を簡単にひと拭きした後、背中を向けたまま、不意にその動きを止める。
「……お前、今日、目立ってたぞ。……首の所にある、キスマーク」
「………」
「誰かと、付き合ってんのか?」
返事をしないままでいれば、真剣な目をした大空が振り返る。
「………うん」
「いつの間に。……誰だよ」
大空は、僕が想っている事なんて……知らない。
鋭い目をしながら、茶化すように緩く口角を上げる大空に……僕は───
「……年上の、男性」
小さく答えれば、大空の表情がみるみる強張っていく。
「……誰、だよ……」
「大空の、知らない人」
「………そ、っか」
「うん………」
会話が、途切れる。
二人の間に、音も無く雨が降り注ぐ。次第に視界が白んで、僕から大空を奪っていく。
目を伏せた後、大空から逃げるように、もうすっかり暗くなった窓の外に視線を移す。
遠ざかっていく、大空の足音。
それが、ドア前で止まる。
「……実雨」
大空の、力の籠もった声。
「今更だけど、な。
………俺、実雨の事……ずっと好きだったんだぜ」
「……え」
「じゃあ、な……」
パタン……
大空が、教室から出て行く。
「……」
いま……
何が起きたのか、解らなかった。
なんだか現実味がなくて。
……だけど、じとじととした感覚はちゃんとあって……
暫く放心状態のまま、動けなかった。
『……カムフラージュかもよ?』──僕の背中を、樹さんの言葉がトンッと押す。
「……」
──追い掛け、なくちゃ……
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