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眩暈

××× ──まだ、信じられなかった。 大空がこの世にいないという事実を……なかなか受け止めきれずにいた。 通夜や葬儀は、親族だけで行うという。 大空と仲の良かったクラスメイト達が集まり、落ち着いた頃に皆で線香を上げに行こう、と話していた。 その中には、佐藤さんと今井の姿も。 その輪に混じれない僕は、その集団に背を向け、静かに教室を出た。 勝手に込み上げてくる涙。 閉め忘れた蛇口のように……ぽたぽたと、止めどなく落ちて…… 一体、いつになったら、枯れるんだろう…… 足元がふらついて、まともに立っていられなくて………廊下の壁にもたれかかり、ポケットに手を入れた。 他のクラスメイト達が、いつもと変わらない表情で通り過ぎる。 肩を丸め、閉めきった窓へと顔を向けた。泣き顔を、見られない様に。 くしゃくしゃのハンドタオル。 今井から借りたままだったそれと一緒に、何かが触れる。 引っ張り出してみれば、そこからはらりと足元に落ちる、一枚のメモ用紙。 「……」 * メモ用紙に書かれていたのは、大空の住所と電話番号。そして、手書きの粗い地図。 美術室から出る時、少しぶっきらぼうに今井から渡されたもの。 その紙を片手に……気付けば僕は、大空の家の前まで来ていた。 小さな庭付きの、白と茶色を基調とした欧風の一軒家。 お洒落な表札には『城崎』という文字。 道路側に向いている玄関口の隣には、屋根付きの小さなガレージ。 恐らくここに、愛車のバイクが置かれていたんだろう。 「……」 ──想像していたのとは、全然違っていた。 母子家庭だと聞いていたから、僕のように質素な暮らしをしているんだろうと、勝手に思っていた。 ゆっくりと、まばたきをする。 瞼を閉じきった時──大空の声が、遠くで微かに聞こえたような気がした。 薄く開けて見れば、幻影の大空が──半透明で輪郭のぼやけた大空が、着崩した制服姿で家から飛び出し、ガレージに置かれたバイクへと駆け寄る。 遅刻しそうだと慌てた様子でメットを被り、バイクに跨がると、ドゥルルン……とエンジンを吹かす。 細い路上の真ん中。そこに立つ僕。 それに気付く様子もなく、地面から足を離し、加速したバイクがこちらに突っ込んできて──僕の体をすり抜けていき…… バイクの音だけを残し、大空が、学校へと走り去っていく─── 「……」 数日前まで大空は、ここに……いた…… ここで、生きてた…… そう思ったら、抑えていたもの込み上げ、心が酷く張り裂け……視界がみるみる歪んでいく。 熱い涙──僅かに頬骨の上を掠め、一本の縦線を残しながら零れ落ちる。 それを皮切りに……ひとつ、またひとつと涙が零れ──突然降り出した雨のように、次々と頬を伝い、幾つもの涙筋を残す。 ──ガチャッ その時、突然玄関のドアが開いた。 中から現れたのは、背の高い人影。 慌てて涙を拭い顔を伏せ、背中を丸めて通り過ぎようとし───驚いた。 「………え」 咄嗟に漏れた声。 僕に気付き、目が合ったその人物が、驚いた表情をして見せた。 「………」 ──そん、な…… 足元から崩れ落ちる。 ガラガラと音を立てて。 もう、これ以上、辛い事なんてないと……思っていたのに…… ぐらりと視界が揺れて ──眩暈が、した……

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