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元気でね
「……驚いたよ」
住宅街から少し離れた喫茶店。
通された窓際のボックス席に、向かい合って座る。
あの日と変わらない、穏やかな笑顔。僕の緊張を解してくれた、樹さんの優しい眼差し。
だけど、あの時よりも……遠い。
「まさか、実雨とここで会うなんて」
「……僕も、です……」
声が、震える。
「まさか、樹さんが………」
「………」
初めて会った時から、似てると思っていた。
大空に──声も、笑顔も。
膝の上に乗せた手の指先。小さく震えながら感覚を失っていくのを感じ、キュッと握りしめる。
「──前に、話したよね。
学生時代に告白されて、付き合った彼女がいるって。
……その時彼女が妊娠して、それで生まれたのが──大空 、なんだ」
「……」
「責任取って結婚するつもりで、式まで挙げたんだけど……入籍の直前になって、彼女の方から別れを告げてね。
……まだ小さかった頃に、何回か会わせて貰っただけで……今の大空を、僕は何一つ知らないんだ」
寂しそうな瞳。
僕には到底解らないものを……樹さんは抱えていた。
ネットで、僕の話を誠実に聞いてくれたのは……
僕を、大空と重ねていたから……?
店を出て、駅まで送って貰う。
この数日の間に、沢山の事がありすぎて……
頭の中がぐしゃぐしゃして、足元がぐらぐらする。
まともに立っていられる自信なんて、ない。
全てが夢ならいいのに──そう思ったら、頭の奥で鈍い痛みが走った。
「……ありがとう、ございました」
樹さんに深く頭を下げる。
「大丈夫……?」
「………はい」
俯いたまま、小さく息を吐く。
今までずっと聞けず終いだった事を……意を決し、思い切って樹さんに尋ねてみる。
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