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花火大会

××× あれから、8月に入るまで。 今井くんから何の音沙汰もなく、会う事もなかった。 このまま何事もなくやり過ごして、夏休みが終わればいい── そんな淡い望みを抱きつつ、毎日をただ無駄に過ごしていた。 ミーンミンミン…… 街のあちこちで見かける、花火大会のポスター。 もし今でも、大空が生きていたら──そんな妄想に耽る。 大空と一緒に花火、見たのかな。 それとも。佐藤さんとの関係が続いていて── 浴衣を着た二人が並び、花火を見上げる大空と佐藤さんの手が、重なる。 その薬指には、三カ月記念に大空が送った──ペアリング。 「……」 想像しただけで、眩暈がした。 照りつける太陽から逃れるように、駅前にあるスーパーの軒下に入った時だった。 《今日、花火大会だよな》 《一緒に見ようぜ》 携帯に届いた、今井からのメッセージ。 その文字が目に飛び込んだ瞬間、周りの雑音が──消える。 あれだけ煩かった蝉の鳴き声も。踏切の警報器の音も。近くで井戸端会議をする、おばさん達の声も。 何もかも、みんな── 「……」 雲ひとつない、澄み渡った青空。暑さで、額や首元にじわりと汗が滲んでいる。 なのに──一瞬で暑さすら消え、心も身体も凍て付く。 〈うん〉 震える指先。 断ったって……別におかしくないのに。 怖くて、怖くて。 そう、返すしか……なかった。 「……」 ………大丈夫。 会場には、人が沢山いる。 何かあれば、走って逃げられる。 そう言い聞かせながら、送信ボタンからゆっくりと指を離した。 「……なぁ、ここだけどよ」 広げたテキストと睨めっこしながら、今井が僕に話し掛ける。 結露で硝子の表面と足下の濡れた、無地と雫模様のコップがふたつ。二人を隔てるかのように置かれたそれらを、今井がテーブル端へと雑に退かす。そして、濡れ広がったそこにテキストをドサッと置き、僕に内容を見せてくる。 「……」 ただ、会場で花火を一緒に見るだけだと思っていた。 なのに、夏休みの宿題もやる事になるなんて。……それも、今井くんの部屋で。 こんな事なら、最初から断れば良かった…… ベランダの窓から見える空の色が、刻々と変わっていく。 早く時間になって、ここを出たい。 別に、花火が好きだから……とかじゃなくて。 人混みに紛れて、安心したい。 もしかしたら……何処かで見てるかもしれない大空(そら)と、同じ花火を─── 「………おい、実雨っ」 少し荒げた声に、ハッと我に返る。 真っ直ぐ視線を合わせれば、軽い溜め息をついた今井がシャーペンを叩きつけるように置いた。

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