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花火大会 3
「……実雨」
滲んだ視界に映る、闇に埋もれた部屋。
外はすっかり闇夜が支配し、僅かに射し込む外灯の光が、天国から垂れ下がる蜘蛛の糸のように見えた。
今井に背を向ける形で身体を横たえていれば、しっとりと汗で濡れた僕の後ろ髪に、今井の指先がそっと触れる。
まるで、腫れ物にでも触るかのように。
「……」
さっきまで、あんなに乱暴で一方的だったのに。
……どうして急に、優しくなんか……
「………お前、まだ───」
「……」
「いや、何でもねぇ」
ドーン……
遠くで、花火の打ち上がる音が聞こえた。
当然ながら、感じるのは音だけで。耳を澄ませながら、ゆっくりと瞼を閉じる。
……もう、始まったんだ……
本当なら今頃、会場で打ち上がる花火を見ていた筈なのに。
……こんな所で、動けずにいるなんて……
活気や雑音、屋台の匂い──
会場の空気を思い返していれば、案外、花火を楽しみにしていた事に気付かされる。
……ドーン、ドーン、
微動だにしない僕の身体を、シルクで包み込むようにして、今井が後ろから抱き締める。ついさっきまで、自分本位で僕を思い通りにした人とは思えない程、酷く優しい。
まるで、触れたら壊れてしまうんじゃないかと感じる程、慎重で。
大きくて強い筈なのに……何処か、僕に脅えているようにも感じた。
「……花火、始まっちまったな」
「……」
「連れて行けなくて、悪かった……」
弱々しい声。
今井の鼻先が、僕の後ろ髪に触れる。穏やかな吐息が項に掛かり、そこがやけに熱い。
「………うん」
あんなに怖くて。
怖くて、怖くて……
もう、嫌だと思っていたのに。
この温もりが怖い位に切なくて。
怖い位に優しさで溢れて……不安で……
ギュッと、胸が締め付けられる。
怖ず怖ずと僕を抱き締める腕に触れれば、それに答えるかのように、キュッと腕に力が籠められる。
「来年は行こうな。二人で」
「………」
──うん。
そう、答える事ができなかった。
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