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家族

「……麦茶でも飲む?」 「はい……」 テーブル前に座り、冷蔵庫を開ける今井くんのお兄さんをぼんやりと眺める。 出掛ける前まで、今井くんとしてた──この部屋。 その痕跡は無いものの、何だか落ち着かない。 「ごめんね。暑いでしょ」 麦茶をテーブルに置いた後、シャツの襟口を掴んでパタパタとしながら、窓とベランダの戸を開ける。 昼間より、涼しい風。 少しだけ強く吹き込んだそれが、滞っていた室内の空気を掻き回す。 「で、君の名前は?」 「……白石実雨、です」 「みう? へぇ、可愛い名前だな。……じゃあ、みーたんね」 「……」 「俺の事は、魁斗(かいと)って呼び捨てしていいから」 「……」 「──んー。でも、意外。猛の友達かぁ。 みーたん、そんな感じには見えないからさ。俺のファンが、待ち伏せでもしてんのかと思ったよ」 「……え……」 「はは。冗談!」 その瞳は穏やかで。 優しさに満ちて。 僕を安心させてくれる。 後頭部に手をやる仕草は、今井くんとよく似ているけど。 見た目も雰囲気も……全然違う。 ……息が、ちゃんとできる。 「ところでさ、(たけし)の事だけど。……学校ではどんな感じ?」 「……え」 「扱いにくい所、あるでしょ」 相向かいに座った魁斗が、テーブルに頬杖を付いて僕の顔をじっと見る。 先程とは一変し、真面目な雰囲気。顔付きも、瞳に宿る光も。 「こんな事、みーたんに言うのもあれだけどさ。うち……いま色々大変で。 もう、家ん中ぐちゃぐちゃなのよ。色んな意味で」 ──え…… 「だから俺が猛を引き取って、今年の春からここに住まわせてんだけどさ。……アイツ、あんまり喋らないんだよね」 苦笑いをした後、汗をかいたコップに手を伸ばす。 「俺が中一の頃だから……猛が小二か。 バツイチ子連れ同士の再婚だったから、突然できた兄弟に、俺も猛も戸惑ってさ。何だろうな。兄弟っていうより、同居人っての? そんな感覚が、俺の中でずっとあってさ。 勿論、親父や母親に対しても同じ。 役割を与えられた赤の他人同士が、同じ屋根の下に住んで、家族を演じてるって感覚だったな。 それに耐えられなくなって。高校卒業して直ぐ就職して、俺だけさっさと家を出たんだよね」 「……」 最後は独り言のように呟き、手にしていたグラスを口に付け、ゴクゴクと喉を鳴らす。

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