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唯一の形見

「でもね。離れてからも、猛の事はずっと気がかりだったよ」 「……」 「血の繫がりは無くても、やっぱり兄弟だしね」 カラン、と麦茶の中の氷が動き、涼しげな音を立てる。 「初めて会った時の猛は、今と違って随分と気弱で、泣き虫でさ。薄汚れたボロキレみたいなハンカチを、いつも大事そうに持ってた。寝る時も、ギュッとしっかり握り締めて。 汚いから寄越しなさいって母が言っても、頑なに離さなくて。そのうち、未練がましいって怒った親父が、猛から取り上げてさ。 ……多分、唯一の形見だったんじゃないかな。 目の前で切り刻まれて、捨てられた時──猛の精神は、壊れてしまったんだと思う」 「……」 息が、詰まる。 今井くんの……大切なもの。 唯一の、形見── 『……ありゃ、ねぇよな』──終業式の後。佐藤さんがしてた指輪を見た今井くんが、僕に言った言葉。  「──それからだよ。猛が変わったのは」 「……」 違う。 今井くんは……変わってなんか、ない。 『俺が、支えてやる』──あの時の言葉は、きっと本心からで。 精神が壊れそうな僕と、あの日の自分を重ね合わせていたんだと思う。 だから僕に、あんな─── 「……」 思い返されるのは、震える程優しい眼差し。 僕に触れるのを怖がり、脅える指先。 キュッと胸が締め付けられ、呼吸が少し乱れて、心臓がバクバクする。 よく解らない──何ともいえない感情が、腹の底から沸き上がり、今井くんの優しげな表情ばかりが、次々と脳裏に浮かぶ。 ずっと、怖いと思っていた──なのに、切なくて、苦しい…… 「ところでさ、聞いてもいい?」 「……」 「……それ、何?」 「──!」 目を伏せていた僕に、魁斗が何かを指差す。 咄嗟に片手で首元を覆い隠し、気まずそうに視線を上げれば、その指先は、僕の脇に置かれたビニール袋に向けられていた。 「………あ、」 ここに来た目的を、すっかり忘れてた…… 「………あの……」 「ん?」 「少し、台所を借りても、いいですか……?」 「……あー、勿論!」 口の両端を持ち上げ、先程までの空気を払拭させるように、魁斗が(にこ)やかな表情を見せた。

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