48 / 112
次は兄貴か…
「───お前、」
そこにいたのは……紛れもなく、今井くんで。
振り向いた僕と魁斗の姿を見るなり、険しい形相に変わる。
荒々しい呼吸。両肩を上げ、怒りを露わにし、土足のまま台所へと上がり込む。
「ここで、何してんだ!」
「……っ、!」
鋭い目。
咄嗟に上げた両腕を顔の前でクロスし、身構えた僕の片腕を強く引っ掴む。
「──猛、待て」
魁斗の制止も聞かず、僕を物か何かのように乱暴に引き摺り出し、アパートの外廊下へと投げ捨てる。
「兄貴と、ここで何してた!」
「……」
「言えよ!!」
怒鳴り声。
アスファルトに転がった僕を、仁王立ちの今井が冷たく見下ろす。
「……」
恐怖で、震える身体。
真っ白になる脳内。
今井を直視できず、身体を小さく丸めて縮こまる。顔を隠した二本の腕の隙間から、そっと様子を覗えば、怒りに満ち満ちた今井と目が合った。
脅える僕の姿にカッとなったのか。顔を歪めた今井が僕の上に跨がる。
「……」
何か……誤解してる……
そうは思ったけど……怖い。
何を、どう説明すればいいか……どう対処したらいいのか解らない……
「……お前……大空が居なくなったら、次は兄貴か……」
「……」
「そんなに兄貴がいいのか!?」
僕を怒鳴りつけながら、今井が僕の襟元のシャツを引っ掴む。左手だけで捩り込み、力尽くで持ち上げる。
キュッと締まる喉元。背中が宙に浮き、引っ張られて食い込んだ所が、心が……痛くて、苦しい。
……ちがう……
そう言いたいのに。言葉が、声が……出てきてくれない……
赤く充血し、鋭く吊り上がった今井の双眸。
その視線から……目が逸らせない。
瞬きも、息も……できない……
「何で、……俺じゃねぇんだよ!!」
振り上がる、右手の握り拳。
──殴られる!
瞬間、反射的にギュッと目を瞑る。
「……待て待て待て!」
魁斗の声。
来るはずの衝撃がなく、そっと薄目を開ける。
その視界に映ったのは、……振り上げた今井の腕を、背後に立つ魁斗が掴んで止める姿。
「俺には怒んねぇの?」
「……うるせぇ。離せ!」
その手を振り払おうと暴れる今井を、冷静さを保つ魁斗が制止し、口を開く。
「猛は、一方的にこの子を痛めつけて、どうしたいん?」
「………」
「感情的に殴って、後悔したりしねぇ?」
今井の目に混じる、動揺の色。
僕を掴んでいる手が、緩む。
トサッとアスファルトに落ち、打った肩甲骨に痛みが走る。
「………帰れ」
背を向けた今井が、そう吐き捨てる。
握り締めたままの拳。
「もう、二度と来るな」
まだ収まらない怒りを抑えているのか。その拳が、肩が……震えていた。
「………」
僕のした事が、そんなに悪い事だったのか──幾ら考えても、解らなくて。
引き止める事も出来ず。一度も振り返らずにアパートへと戻っていく今井の背中を、ただ、見つめるだけ……
「……」
バタンと閉まるドア。
まるで僕と今井くんとを隔てる、壁のように感じた。
ともだちにシェアしよう!