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次は兄貴か…

「───お前、」 そこにいたのは……紛れもなく、今井くんで。 振り向いた僕と魁斗の姿を見るなり、険しい形相に変わる。 荒々しい呼吸。両肩を上げ、怒りを露わにし、土足のまま台所へと上がり込む。 「ここで、何してんだ!」 「……っ、!」 鋭い目。 咄嗟に上げた両腕を顔の前でクロスし、身構えた僕の片腕を強く引っ掴む。 「──猛、待て」 魁斗の制止も聞かず、僕を物か何かのように乱暴に引き摺り出し、アパートの外廊下へと投げ捨てる。 「兄貴と、ここで何してた!」 「……」 「言えよ!!」 怒鳴り声。 アスファルトに転がった僕を、仁王立ちの今井が冷たく見下ろす。 「……」 恐怖で、震える身体。 真っ白になる脳内。 今井を直視できず、身体を小さく丸めて縮こまる。顔を隠した二本の腕の隙間から、そっと様子を覗えば、怒りに満ち満ちた今井と目が合った。 脅える僕の姿にカッとなったのか。顔を歪めた今井が僕の上に跨がる。 「……」 何か……誤解してる…… そうは思ったけど……怖い。 何を、どう説明すればいいか……どう対処したらいいのか解らない…… 「……お前……大空が居なくなったら、次は兄貴か……」 「……」 「そんなに兄貴がいいのか!?」 僕を怒鳴りつけながら、今井が僕の襟元のシャツを引っ掴む。左手だけで捩り込み、力尽くで持ち上げる。 キュッと締まる喉元。背中が宙に浮き、引っ張られて食い込んだ所が、心が……痛くて、苦しい。 ……ちがう…… そう言いたいのに。言葉が、声が……出てきてくれない…… 赤く充血し、鋭く吊り上がった今井の双眸。 その視線から……目が逸らせない。 瞬きも、息も……できない…… 「何で、……俺じゃねぇんだよ!!」 振り上がる、右手の握り拳。 ──殴られる! 瞬間、反射的にギュッと目を瞑る。 「……待て待て待て!」 魁斗の声。 来るはずの衝撃がなく、そっと薄目を開ける。 その視界に映ったのは、……振り上げた今井の腕を、背後に立つ魁斗が掴んで止める姿。 「俺には怒んねぇの?」 「……うるせぇ。離せ!」 その手を振り払おうと暴れる今井を、冷静さを保つ魁斗が制止し、口を開く。 「猛は、一方的にこの子を痛めつけて、どうしたいん?」 「………」 「感情的に殴って、後悔したりしねぇ?」 今井の目に混じる、動揺の色。 僕を掴んでいる手が、緩む。 トサッとアスファルトに落ち、打った肩甲骨に痛みが走る。 「………帰れ」 背を向けた今井が、そう吐き捨てる。 握り締めたままの拳。 「もう、二度と来るな」 まだ収まらない怒りを抑えているのか。その拳が、肩が……震えていた。 「………」 僕のした事が、そんなに悪い事だったのか──幾ら考えても、解らなくて。 引き止める事も出来ず。一度も振り返らずにアパートへと戻っていく今井の背中を、ただ、見つめるだけ…… 「……」 バタンと閉まるドア。 まるで僕と今井くんとを隔てる、壁のように感じた。

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