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喫茶店にて
《こっち来るの、嫌だろ?
お前ん家の近くに、茶店とかねぇか?》
《……俺がそっち行くのが嫌なら、こっちの茶店でも、中間地点でもいいけどよ》
「……」
……今井くんから送られてきたメッセージに、優しさを感じる。
あんな事があって、嫌な気分の筈なのに。
〈うん〉
そう打ち込んで、送信する。
*
ミーンミンミン……
朝から忙しく鳴き続ける蝉の声。
空に浮かぶ、もくもくとした大きな入道雲。痛い位の日射し。
暑さ疲れのせいか。待ち合わせ場所である、今井くんのアパート近くにあるお店に辿り着くまで、人を余り見掛けなかった。
洋風のお洒落な珈琲店。
その奥にある、窓際のテーブル席。
ロールカーテンのお陰で暑さは凌げるものの、閉鎖的な感じがして落ち着かない。
「……悪かったな」
「……」
注文したアイスコーヒーが運ばれた後、相向かいに座る今井くんが、口を開く。
「兄貴から、聞いた。
……オムライス、作りに来てくれたんだってな。俺の為に」
「……」
今井くんの視線から逃れるように、瞬きをしながら手元のグラスに視線を落とす。
「俺、実は苦手でさ。オムライス。……でも、一番好きなんだよ」
「………」
「ガキの頃、誕生日とかクリスマスとか。何か祝い事があると、必ずお袋が作ってくれてたんだ。
……けど、特別でも何でもねぇ日の夜に、オムライスが出てきてさ。俺はバカみてぇに燥いでよ。
まだ、疑う事も知らねぇガキだったからな。家族がバラバラになって初めて、その意味を知ったんだよ。
それからだ。オムライスが苦手になったのは」
「……」
魁斗から、それらしい話は聞いていたけど……
胸の奥が、痛い。
「だから、ずっと避けてきたんだ。大切なものを失いたくなかったからな」
「……」
「──なのに、大空が死んだ」
カラン……
グラスの中の氷が動く。
視線を上げれば、今井くんの顔が辛そうに歪んでいて……
あの時と同じように、目元が涙で潤んでいた。
「大空がいなくなって、辛いのはお前だけじゃねぇ」
「……」
「実雨と付き合えて、嬉しい筈なのに。全然気持ちが晴れねぇんだよ。
最初の頃、お前をアパートに連れ込んだ時、お前のその細っこい首筋を見て……キスマークを思い出してよ。
そしたら、無性に腹が立って、抑え切れなくなって──」
言葉に詰まらせた今井が、片手でこめかみを押さえ、顔を隠す。
「その後、実雨に作らせて出てきた飯が──オムライスだ。
……何か、よくわかんねぇけど、警告だと悟ったんだ。
お前の手料理を食いながら、心の中で何度も何度も大空に誓った。
……幸せにするから、実雨を俺にくれ。
これからは大事にするから、俺から実雨を奪わないでくれ、ってな……」
「……」
そう……だったんだ……
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