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左手の指輪

「……じゃあ、このクラスはバザーという事で、いいですか?」 10月に入り、学校行事の一環である文化祭の準備が始まった。 教卓の前に並んで立つ、男女の学級委員。 帰りのホームルーム後のせいか、非協力的な空気がひしひしと漂う。 「それで、いいでーす……」 「……はーい、終わり終わり!」 学級委員の質問に、やる気のないクラスメイトが怠そうに答える。 「それでは、これで──」 「……あの、」 進行を妨げるように、一人がおずおずと手を上げる。 それは、佐藤さんの友達で、大空への告白に付き添っていた、石田麻理子だった。 「販売員の制服を、男女逆転してみるっていうのは……どうですか?」 突然の提案に、教室内が一斉にざわつく。その雑音を掻き消すように、先程より大きめの声を張り上げる。 「ただのバザーだと、盛り上がりに欠けると思うんです。 男装、女装をすれば、見たいという人が集まってくるんじゃないでしょうか」 「──うん。面白いね、それ!」 石田の後ろの席である佐藤が笑顔でそう答えれば、教室内が静まった。 「……」 その左手薬指には……大空の形見である指輪が、見当たらない。 思い返してみれば、夏休みが明けた日からずっと……していなかった、かも。 「じゃあ、その案に対して、何か意見のある人」 「……」 「……いないようなので、それで進めていきたいと思います」 班決めまでしてから解散となり、ざわざわと騒がしくなる教室内。 夕陽は既に落ち、窓の向こうには、闇がかった蒼とオレンジ色の綺麗なグラデーションをした空が見えた。 結局僕は、裏方の雑用係にはなれず。販売員を担当する事に。 軽く溜め息をつき、椅子から立ち上がろうとして、ふと視線を前に移す。 「……」 そこには……友達数人と固まって教室から出て行く、今井くんの姿が。 『辛いのは、お前だけじゃねぇ』 ふと蘇る、今井くんの台詞。 あの言葉があるから……僕だけじゃないんだって思えて、ほっとする。 大空がいない空気を、同じように感じ取ってる人は、多分、他にもいるんじゃないかって…… でも、みんな上手く適応しているように見える。 どうやって、乗り越えていったんだろう…… 「……」 僕は、未だに悔やんでる。 どうしてあの時──本当の気持ちをちゃんと伝えられなかったんだろうって。 例え、あの時の大空が、幻影だったとしても…… 僕の所に、来てくれたのに。 想いを伝えに、会いに来てくれたのに。 ……なのに、大空を苦しめたまま、逝かせちゃったんだな……って── 二度目の溜め息をつき、机に掛かった鞄を持つ。 ふと、ポケットから携帯を取り出し、ゲイ専用の出会い系サイトを開く。 「………え」 操作をする親指が、止まる。 そこに映し出された情報に、僕は目を疑った。

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