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好き

チッと舌打ちし、手を引っ込めた男がサッと立ち去る。 それを見送る魁斗が、後頭部に手をやりながら口を開いた。 「………ちょっとさ。どっかで話さない?」 駅裏にある、閑静な通り。 小さなコインパーキング前。 促されて膝丈程の縁石に腰を掛ければ、道の向こう側にある自販機へと向かった魁斗が、何か飲み物を買って戻ってくる。 手渡されたのは、ミルクティ。外気はそこまで寒くないのに……指先が、どんどん冷えていく。 「……みーたんって、()と付き合ってんだよね」 言いながら僕の隣に腰を下ろし、缶コーヒーのプルタブを上げ、ごくごくと喉を鳴らす。 「……付き合っては……」 「あー、ごめんね。俺さ、一回見ちゃってんだわ。君らが致してる所。 玄関向かう途中に台所のちっさい窓あるっしょ? ちょっと……いや、こんぐらい開いてたんだよね。 玄関開ける前に気付いて良かったっつーか。でもやっぱ、気まずいっつーか。 声漏れてたからさ。そっと窓閉めといたんだけど、気付かなかった?」 「………え」 恥ずかしさが込み上げ、俯く。 もしかして……今井くんと最後にした時の……かな…… 「──ところで」 魁斗の声が変わる。 「何であんな事したの?」 魁斗の顔色を覗うように下から見れば、チャラけた雰囲気は取っ払われ、真剣な表情をしていた。 「……」 「出会い系が危険なの、解ってるよね」 「……え」 どうして…… さっきの人との会話を……聞かれてた? ……それとも。今井くんから話を聞いてて── 「まぁ、別に。嫌なら話さなくてもいいよ」 ちょっとごめんねと付け加えた後、魁斗が煙草を取り出して火を付ける。 ふわりと漂うコーヒーの香りを、煙草の臭いが容赦なくかき消す。 「………また、会いたかったんです」 両手で包むようにして、ミルクティーの缶をキュッと強く握る。 「知り合ったのは、出会い系サイトだったけど。……その人は、いつも僕の話を聞いてくれて。優しく寄り添ってくれて。 でも、ある事情で、サヨナラする事になって。でも、本当は──」 「………そらうちの弟、怒るわな」 顎を持ち上げ、フーッと煙草の煙を真上に吐いた後、真っ直ぐ前に向けられていた魁斗の瞳が、静かに僕を見下ろす。 「あんな嫉妬深い奴だとは思わなかったけどな。……でもね、みーたん。好きな相手(恋人)なら尚更、そんな事されたら誰でも普通にムカつくし、傷付くんじゃね?」 「……」 「だってさ。みーたんの中に、(たけし)は全然いなかったって事だろ」 「──!」 ズバズバと核心をつかれ、胸が抉られるように痛い。 けど……あの時、今井くんに責められなかった分、救われてるような気がする。 「その、もう一度会いたいって奴の事が、好きなんじゃん?」 「……」 ──え……

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