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向けられた視線
──嘘つき。
確かに、そう聞こえた。
壊れたデッキのように、耳奥でその言葉だけが、何度も何度も繰り返される。
「……」
でも、なんで……
どうして、そんな事……石田さんが……
嫌な感覚が、全身を襲う。
それまでの雰囲気がガラッと変わり、ピンと張り詰めた空気。カチャカチャと響く、化粧品をポーチに仕舞う小さな音。
「……」
窓側を向いたまま、無言で片付けを続ける石田さんを横目に、ゆっくりと立ち上がる。そこから少し離れ、教室の後ろにあるロッカーの前に立ち、着替えようと服に手を掛けた……時だった。
──ガラッ
視界の隅に、後ろのドアが開くのが見えた。
それに反応し顔を向ければ、そこにいたのは──
「──!」
今井くん……
不意にぶつかる、視線。
ドクンッ…と高鳴る心臓。
ドア前に立つ、今井くんの瞼が僅かに持ち上がり……瞬きもせず、僕を捉えたまま離さない。
「……」
その真っ直ぐ向けられた視線に、過ぎ去ったあの夏の記憶が蘇る。
懐かしくて、切なくて。
心が、身体が、呼吸が………震える。
「……あれ。どうしたの、猛 くん」
その空気を、振り返った石田さんが無情に打ち砕く。
途端に逸らされる、今井くんの視線。
そしていつものように、僕の存在を掻き消す。
「どうした、じゃねぇよ」
「……あっ、そっか。約束、今日だったよね。ごめーん! もう帰れるから、今から一緒に行こ!」
「……」
僕を他所に交わされる会話。
空気が、どんどん今井くんと石田さんのものに変わっていく。
耐えきれずに背を向け、視界から二人を追いやる。
ばたばた…と立ち去る足音。
閉まるドア。
消えていく、二つの気配。
「……」
寂しい……のは本当。
だけどもう、今井くんとは何の関係もない。
突き放されて、無かった事にされてしまうのは悲しいけど。でも、二人の雰囲気を感じれば、これで良かったんだ……って思い直せる。
……だって。
僕では、今井くんを苛つかせて……傷付けるばかりだったから。
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