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懐かしい温もり1

××× 爽やかな秋空の下、文化祭が始まった。 仲の良さそうな他校の女子達が、燥ぎながら廊下を横切って行く。 教室の窓の外から見える、色んなクラスの出店。焼そば。チョコバナナ。たこ焼き。有名チェーン店との共同出店らしい、ドーナツ。 「……」 元々やる気の無かったクラスメイト達は、各々好きな場所へと散ってしまい…… 特に呼び込みをする訳でもなく、しんと静まったここに、人が寄り付く訳もなく。 ただ只管、時間が過ぎるのを待っていた。 教室の真ん中には、四角く囲うようにして置かれた机。その上に並ぶ、クラスメイト達が持ち寄った不要品。 教室の隅では、暇を持て余して会話を弾ませる女子が二人。石田さんのセンスなのか。ストリート系の男装がよく似合っていて、格好いい。 「……」 時計を見れば、交代の時間はもうとっくに過ぎている。でも、多分来ないんだろうな…と、内心諦めていた。 人が来ないとはいえ。本当はもう、こんな恥ずかしい格好、早く終わりにしたいのに。 「………何だ。誰も来てねぇじゃねぇか」 突然教室に響く、低い声。 開け放った入り口に現れたのは、ガタイの良い体格の── 「おい、白石」 教室に足を踏み入れた今井くんが、真っ直ぐ迷いなく、僕の方へと足早に近付く。 「その辺回って、宣伝してこようぜ」 「………え、」 手を取られ、そのまま強く引っ張られる。 大空がいなくなってからずっと──クラスメイトの前では、こんな事……しなかったのに。 教室を出て、人で溢れかえる廊下を縫い潜る。 階段を駆け上がり、渡り廊下を通って突き当たった所──外へと続く、重厚な鉄の扉を開けた。 ぶわっ…… 瞬間。乾いた風が強く吹きつけ、僕の髪やワンピースを乱す。 誰もいない、非常階段。 まるで、秘密基地みたい……コンクリートの分厚い壁に囲まれたそこに、今井くんと降り立つ。 繋がれた手。グイッと引っ張られれば、蹌踉けて今井くんの胸の中にすっぽりと収まってしまった。 「……実雨」 まだ整わない息。 肩を上下に揺らす僕を抱き、覗き込んだ今井くんの唇が、僕の唇を奪う。 「……」 それは、ほんの一瞬。 ふわりと……風が撫でていったかのように、軽くて。 瞬きも忘れ、今井くんを真っ直ぐ見上げれば……少し照れたような、困ったような表情を返された。 「………お前、自分が無防備なの、全然学習してねぇのな」

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