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敵わない
×××
学校の最寄り駅から、三駅先。
高度成長期には賑やかだったんだろう面影が、今なお色濃く残る商店街。その中に、周りとは明らかに雰囲気の違う、現代的でお洒落な喫茶店。
落ち着いた店内。微かに流れる、ニューミュージック。
通された席は、以前訪れた時と同じ、窓際奥のテーブル席。
「待たせて悪かったな」
目の前の席に、後からやって来た今井が腰を下ろす。
「……ううん」
「……」
「……」
「前に来たのは、8月の終わりだから……二ヶ月くらい前か。もっと、前のような気がすんな……」
独り言のように言い、椅子に座り直しながらあの日を懐かしむように、今井が店内を見回す。
「………うん」
僕も、同じ事思ってた。
あの時とは違って、少しだけ和やかな雰囲気がする。……だけど、あの時よりも今井くんが遠い。
その様子をじっと見つめていれば、それに気付いた今井が此方を向く。
ぶつかる視線。緊張から少しだけ視界が揺れ、逃れる様に俯く。
「……渡したい物ってのは、これだ」
コト……
視界の端から現れる、今井の片手。
退かれた手の下から現れたのは、シンプルなデザインのシルバーリング。
「佐藤から、頼まれた」
「……」
「大空がこれを、本当に送りたかった相手に、代わりに渡して欲しいってな」
──え……
瞬間──
脳裏を掠めたのは、始業式からずっと外されていた、佐藤さんの左手薬指のリング。
屈託のない、明るい笑顔。
夏休みの間に、大空の事なんてすっかり忘れてしまったのかと……勝手に思い込んでいた。
「前に、実雨を巡って大空とやり合ったって言ったろ。それを、石田に見られてたみてぇでさ。
別れ話に納得できなかった佐藤が、石田に泣きついて。……その後、大空が事故って。
亡くなったのは私のせいだって、自分を責める佐藤を宥めてる間に、俺とお前が付き合ったろ?
……許せなかったんだろうな。大空との仲を裂いて、友達 を傷付けた、俺と実雨を」
「………」
……そう、だったんだ。
だから、衣装合わせの時……僕にあんな質問を……
「指輪の内側見てみな。“sky&rain”って掘ってあるだろ。
それに気付いた佐藤が、大空の好きな相手が“雨”の付く奴だって気付いて、石田にそう洩らしたらしい。大空の事なら、俺が知ってるとでも言ったんだろ。
夏休みに入って直ぐ、佐藤から連絡が入って呼び出されてよ。一連の事を聞かされた。
……その上で佐藤は、一切俺に詮索なんかしねぇで、この指輪を持ち主に返すよう、託してきたんだ」
「………」
……そんな……
大空が残した指輪が、別れの原因となった相手とのペアリングだと知って。
辛い筈なのに。
それを、その相手に……返すなんて。
──そんなの、全然敵わない。
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