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心の支え

「………そんなに、気に病むな」 俯いてじっと動かない僕に、ぶっきらぼうながら優しい声を掛けてくれる。 「せめてもの、罪滅ぼし……なんだとよ」 「……」 「大空がバイクで事故った日──別れ話を切り出されて受け入れられなかった佐藤(あいつ)は、大空を見送りながら腹ん中で、『事故ればいい』って思ったらしい。 勿論。そんなの本心じゃねぇし、魔術師でもねぇんだから、佐藤のせいじゃねぇのによ」 「……」 ……それで……責任を感じて…… でも、それなら僕だって……大空に心無い事を…… ずぶ濡れの大空が教室に入って来た時の光景が思い出され、胸がギュッと苦しくなる。 「お前だってそうだ。 俺に圧されて付き合っちまっただけで、何も悪くねぇ。 ……悪ぃのは、俺だ」 テーブルの端に置かれた、二つのお冷や。そのひとつに手を伸ばした今井が、一気に半分程飲み干す。 「夏休みに入って、佐藤からこの指輪を託された時──凄ぇ、腹が立った」 「……」 「折角お前を手に入れたのに……これをみすみす渡しちまったら、実雨が俺の手中からすり抜けて、大空の元へ行っちまうような気がしてよ。 ……ずっと、渡せなかった」 ──それで。 夏休みに入ってからずっと、あんなに苛々していて、僕に…… 「……」 俯いたまま、左の首筋にそっと触れる。 今はもう、跡形もなく消えたマーキング。 床に落ちて割れた雫模様のコップが思い出され、胸の奥が重苦しくなる。 「別れた後も、だ。 この形見のせいで、一生、永遠に、お前が大空に囚われちまう気がしてよ。 余計に渡しちゃなんねぇんじゃねぇか、って……」 「………それなら、どうして……」 思うより先に、言葉が零れる。 指輪から視線を上げれば、言葉を詰まらせた様子の今井が目を逸らし、後頭部をガシガシしながら口を開く。 「………兄貴から、聞いた。お前、危ない目に遭ったんだってな。 その話を聞いた時──カッと頭に血が上ってよ。ソイツを探し出してぶちのめしてやろうと、外に飛び出したんだ。 ……でもな、そん時思い出したんだよ。 大空が佐藤とヤる話を聞いたお前が、週明け、首筋にキスマーク付けて登校して来たろ。 会ったばっかの、素性もわかんねぇ野郎に身体を許しちまう程……お前が危なっかしい奴だって事を、な」 「……」 「確か、ミキって言ったな」 「……」 「部屋でお前の携帯を拾った時、ソイツとのやりとりを見ちまった。 ……お前にキスマーク付けたの、ソイツだよな」 真剣な目に圧され、小さくこくんと頷く。 それを見届けた今井が、苛立ちを逃すように深い溜め息をつく。 「実雨の事だ。……上手い事言い包められて、気付かねぇ内に、許しちまったんだろ」 違うよ。 僕が、無理にお願いしたの。 ……樹さんは、悪くない。 俯いたまま首を横に振り、膝の上に置いた手をきゅっと握る。 「……だから、だよ。 これがあれば、心の支えになんだろ」

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