72 / 112
冷えた手
闇の中に浮かぶ、鋭く尖った瞳。
答えられずにいれば、空いた手で僕の顎先を抓み上げ、凄んだ顔を寄せる。
「……あれは、どういう事だ」
「………」
「お前、さっきの野郎に、抱きついてたよな……?」
静かに、だけど腹の底から沸き上がる感情を必死で抑えている様子で、僕に詰め寄る。
「慌てて店を出て行くお前に声掛けても……お前、俺に全然気付かねぇで。
外に出てみりゃあ、さっきの野郎と見つめ合って、いい雰囲気になってるしよ」
「──!」
……え……
今井くん、あの時まだ、店の中に……?
真っ白になる頭の中で、店を飛び出した時の光景を必死に思い出そうとする。
「あの野郎に抱かれて、心まで奪われたか?」
「……」
「俺と付き合ってる間──一緒にいる時も、セックスしてる時も、殆ど上の空だったのは………あの野郎を想ってたって事だよな……」
「……」
顎にあった指先が、滑るようにして下へと移動する。そして、僕の喉を掴むようにして、頸動脈に指が掛かった。
「お前………大空が好きだったんじゃなかかったのかよ!!」
言うか言わないかのうちに、指先が首筋に食い込む。
ドクドクと、激しく脈動する音が耳奥で響き、じりじりと頭が痺れていく。
……違う……
そう言いたいのに、怖くて。
身体が硬直し、息もまともにできず……今井くんを真っ直ぐ見つめたまま、小さく頭を横に振る。
だけど、例え喋れる状況だったとしても……どう伝えた所で、樹さんを好きなのには変わりなくて。
今井くんを苛つかせてしまったのは、確かだから……
「………」
目を合わせたまま……僕の首を掴む今井くんの手に、おずおずと触れる。
武骨で、大きな手──
指先が痺れて、余り感覚はないけど……その手の甲は冷たくて、微かに震えてるような気がした。
ともだちにシェアしよう!