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雨の日は嫌い
×××
いつだって雨の日は、良くない事を運んでくる──
僕から何かを奪っていく……
雨の日は嫌い。
名前に『雨』が付いている、僕自身さえも……
*
昨夜からしとしとと降り続く雨は、止む気配を見せない。靄 がかかり、視野に映る世界全てが、簡単に狭まる。
雨の日は嫌い。
湿気を含んだ空気に、香水や化粧品の混じった臭いも嫌い。
ピンヒールを履いた母が、泣いて縋りつく僕を突き放し……出て行った日の事を思い出すから。
女装姿のまま、閑散とした教室の窓際に立つ。
本当は、昨日だけの筈だったのに。一人欠員が出たせいで、その穴埋めを僕がする羽目に。
教室に残っている販売担当は、僕と同じく女装した男子が二名。暇をもてあましてか。後ろのロッカー前に胡座をかいて座り込み、携帯画面を見せ合いながらゲラゲラと笑っていた。
「……あ、ヤベぇ。猛 から呼び出し」
「え、マジかよ……」
「………っ、」
今井くんの名前に、つい反応してしまう。
昨日、あんな事があったのに──今朝の今井くんは、いつもと同じ表情 で友達と接していて……
何事も無かったかのような態度が、本当に夢でも見ていたんじゃないかって……酷く僕を混乱させた。
「………しょうがねぇ。行くか」
重い腰を上げ、僕に声を掛ける事も無く二人が教室を出て行く。
残ったのは、僕一人だけ──
昨日まであった人出も、窓から見える出店もない。
各所に散りばめた文化祭の装飾が、雨のせいで水気を含み、重く沈んで見える。
目の前の窓ガラスに薄ぼんやりと映る、浮かない顔をした僕。
「……」
こんな雨の日に、一人きりの教室は苦手。
しっとりと濡れた幻影の大空に、本当の気持ちを伝えられなかった事を、思い出すから──
トン、トン、トン……
遠くから、微かに聞こえる足音。
その音が段々と近付き、教室の前で止まる。
「──!」
その瞬間──
あの日の大空が、戻って来たような気がした。
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