82 / 112

トラウマ

「夕陽の当たるゴンドラに、……ちょっとしたトラウマがあってね」 寂しそうな表情。 スッと僕から視線を外し、遠くの夕映えを眺めながら再び口を開く。 「学生時代──仲の良かった男女5人で、遊園地に行った事があるんだ。 ……でも、その目的は、僕が密かに思いを寄せていた彼と、その彼に好意を持っていた彼女との仲を取り持つ、というものでね。 二人は、誰がどう見てもお似合いのカップルに見えたし、付き合うのも時間の問題だった事もあって……これをキッカケに、そういう仲になるんだろうな、って……」 「……」 「最後に皆で観覧車に乗ろうって話になった時、彼とその彼女が一緒のゴンドラに乗るのを、三人で見送った。先回りして下で待って、揶揄いながら告白の結果を聞く予定だった」 「……」 「でも、目的は彼だけじゃなくて。……僕も……」 寂しそうな瞳だけが僕に向けられ、直ぐにまた前方へと向き直される。 「……嵌められたんだ。ゴンドラに、もう一人いた女の子と押し込められて。他の誰にも邪魔されないあの狭い空間の中で………告白、された」 赤味が増していく一方で、徐々に広がっていく闇。 それを惜しむかのように、樹さんが真っ直ぐその赤い空を見つめながら口を開く。 「迷ったよ。……彼とは友達以上の関係を望めなかったし、例え望めたとしても、きっと彼を傷付け、関係を壊すだけだと思ったから。 お節介な友人のお膳立てに乗れば、全てが丸く収まる。そう、頭の中では解ってたんだよ。 ……でも、とうしても……心が、抗ったんだ」 「……」 「なのに。 ゴンドラから見えた夕陽が、やけに綺麗で。その眩い光に溶け込んだ彼女との未来が、一瞬、煌めいて見えてしまって……」 「……」 「受け入れたんだ。 恋愛対象としてなんて、全然見られなかったのにね──」 「……」 「凄く、苦い思い出だよ」 樹さんが、寂しそうな瞳を僕に向ける。 少しだけ口角を持ち上げて、あの作り笑いを浮かべながら。 「……」 何て言葉を掛けていいか……解らなかった。 選択肢があるようで、実際にはなくて。 それを受け入れるなんて、とても簡単な事じゃない。 ……でも。 あれからもう15年以上も経っていて……夕陽の当たるゴンドラに乗ったのは……僕なのに。 「……」 繋いだ手。 一度緩く解いた後、指を絡めて繋ぎ直す。 もう、二度と……離れたくないから。

ともだちにシェアしよう!