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燻った心
ロープウェイ乗り場から車で下り、別の山間へと続く道を上っていった場所にある、小さな温泉街。
その外れ……自然に囲まれ、ひっそりと佇む、情緒溢れる小さな宿。
出迎えてくれたのは、品のある和装の女将。二階の部屋を案内され、簡単に挨拶を交わした後、タイミング良くはける。
「お茶でも飲んで、少し休もうか」
湯飲み茶碗を拾って並べ、樹さんが急須にポットの湯を注ぐ。
木皿にある個装したお茶請け。時代を感じる部屋の作り。畳の匂い。そこに、微かなお茶の匂いが混じる。
「……」
多分、まだ引き摺ってる。
樹さんから話を聞いてから、何となく感じていたモヤモヤが強くなってる。
……どうしよう。全然拭えない。
樹さんは多分、こうなるって解ってたから……自分の中に仕舞って、隠そうとしてくれていたのかもしれないのに。
「ここの温泉は、露天風呂しかないみたいだね」
「……」
「貸切は予約を入れなくても、空いてたら好きに使っていいそうだから……」
「……」
「タイミング良く、入れたらいいね」
上手く反応できない僕に、樹さんは変わらず優しい声で話し掛けてくれる。
「………うん」
だけど僕は、樹さんみたいに上手く笑えない。
ひと息ついた後、部屋に用意されていた浴衣を持って、一階の湯場へと向かう。
一つは女性専用。一つは貸切露天。
もう一つは混浴の大露天風呂。
「貸切、空いてるみたいだよ」
「……」
「入ろうか」
「………え」
………貸切。
ぼんやりとしていた頭の中が、突然クリアになる。
その途端、トクンッと心臓が高鳴り、身体に緊張が走る。
温泉宿に一泊する事が決まってから、そういうのを全く想像しなかった訳じゃない。
……けど……
「うん……」
こんなもやもやした気持ちのままで、いいのかな。
このまま二人きりで、温泉に入ったりしても……
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