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浮気

部屋出しの夕食。 お(ひつ)に入ったご飯。お造り。季節の鍋。沢山の小鉢に季節のデザート。 決して豪勢な見栄えではないけれど、そのひとつひとつが素朴な味わいで、不思議と心を落ち着かせてくれる。 経験した事はないけど……田舎の親戚の家に、遊びに来たような…… 「食べきれない程の量だね」 出されたビールには手を付けず、樹さんが田舎料理を堪能する。 「………うん。でも、どれも凄く美味しくて……」 ぼそりと呟けば、座椅子に胡座をかいてリラックスしている樹さんが、興味深げに真っ直ぐ僕を見る。 それに耐えきれず、俯いて口を開く。 「料理人に敵うなんて、全然思ってないけど。……物心ついた時から、ずっと家ではご飯作ってたのに……」 「……え、実雨が、料理を?」 驚いて視線を上げれば、心外だとばかりに樹さんが驚いた顔を見せる。 それが何となく恥ずかしくて。茶碗を抱えたまま再び目を伏せ、こくんと小さく頷く。 「……うん。うちも大空(そら)と同じ、片親だから」 「……」 口にした途端、空気が変わる。 気まずくて、居心地が悪い。 「僕が生まれる前──父が独り暮らししてる頃、母が押し掛ける形で一緒に住み始めて……それで、僕が生まれて……」 「……」 ……なに、話してるんだろ…… こんな事話したら、余計に空気が重くなるだけなのに…… 「その頃、父は商業デザイナーの仕事をしてて、母は専業主婦で。 僕がまだ6歳くらい……かな。 時々アパートに、母の友達だという男性が、父の留守中に来るようになって……僕を蔑んだ目で睨みつけて、凄く怖かったのを憶えてる……」 「……」 「今思えば、……浮気、だったんだと思う。 隣の部屋から、そういう声も、聞こえてきてたから」 鼻の奥に記憶された、化粧品と香水のキツイ臭い。 『パパには内緒よ』──僕にそう耳打ちし、二人が別室へと消えていく。 一人残された僕は、何も知らずに与えられたビデオを、ただ只管観ているしかなくて…… 「──ある日、いつもより濃い化粧をして、綺麗に着飾った母が………僕を置いて、出て行ったの。 浮気相手と、駆け落ち……したんだと思う」 「……」 「大きな荷物を抱えてたから、嫌な予感がして……引き止めようとしたけど、無理だった。 ……それからずっと、帰って来てない」 コトン…… お茶碗と箸をテーブルに戻す。 顔を伏せたまま、両手を膝の上に乗せた。

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