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険しい横顔

お風呂も朝食も早々に済ませ、荷物を纏めて旅館を後にする。 観光しながら帰る予定だったけど、今はそんな悠長な事など言っていられない。 あの後自宅に電話したものの、何度掛けても繋がらなくて。結局、樹さんが僕の家まで行き、直接父に事情を話してくれる事に。 「……」 車窓の外を眺めれば、しとしとと細い雨が降り続いている。辺りの景色は白っぽくぼやけて、あの日の事を嫌でも思い出してしまう。 せめて今日くらい、良い日になれば良かったのに── 「………ごめんなさい」 初めての旅行が、こんな形で終わってしまって…… 「実雨が謝る必要はないよ」 「………でも」 「軽率だった僕のせいだ。……もう少し、実雨の立場やご家族の気持ちを配慮すべきだった」 「……」 そんなの……おかしい。 樹さんこそ、何にも悪くなんかないのに。 ……だって、泊まりで温泉旅行に行きたいって言ったのも、父の了承を得たと嘘をついたのも、僕なんだから。 それに── 「……父は、僕に興味がないから……」 そう呟いた後、チラリと視線を樹さんに移す。 「……」 無反応な横顔。 躊躇いながらも、また直ぐに車窓へと視線を戻す。 窓ガラスに薄らと映る、自身の顔。その向こう側にある、雨に打たれてできた沢山の水滴が、風に煽られながら流されていく。 「……物心ついた時からね、僕と母は、ずっと父から避けられてたの。 仕事柄家にいる事も多かったけど、殆ど部屋に籠もりっきりで。家族で出掛けた事も、一緒に食卓を囲む事も無くて。 淋しかったけど、仕事だから仕方ないんだって思ってた」 「……」 「……でも。母が出て行ってから……父の様子が少し変わって──」

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